帝国の反逆者 ~『絶対零度』の気をはなつ魔術師でも、幸せな未来を望みたい!! 破滅に向かっていたら美少女から求婚されて、都市を滅亡させる大騒動になりました~

前田留依(まえだるい)

プロローグ 始まりは、二つの過去……

『歌の始まりはなんであろう?』


『詩が付けられたのは何故なぜであろう?』


 天才詩人は大いなる疑問を投げかけられ、あれやこれやと迷走しながら百年以上考えた。

 そして彼は、死の直前で一つの結論けつろんを拾い上げ、桜の小刀で自らの指を切り裂いた。


「まずは……古代、人には愛が必要だった。つまり、それは……」


 こうして彼は、深紅しんくの血で書き記す。

 最高にして最終であるべき【詩】、それによって紡がれた魔法書を――。


***

 

 それから季節が春夏秋冬を繰り返しにり返し、時が流れに流れてから、ある事件が起きた。

 事件現場は、東の国の謎に満ちた研究所だった……。


***

 

 その研究所はてついていた。

 雪が降るでもなく、しもが生えるわけでもなく、ただ重い濡れた雪片せっぺんのような空気に制圧されて、ひっそりと凍てついていた。


 そこにいた者達は引き裂かれ、ほとばしる血は氷となって生臭い匂いすらしなかった。


 死した獣であり魔法力の塊――モンスターが、その冷えた力によって建物を蹂躙じゅうりんしたのである。

 駆けつけた警備員達は、一人残らずにごった赤い氷となりはてていた。


 だが、ここで注目するべきは残忍なモンスターではない。


 そのモンスターを一瞬にして倒した老人だ。

 潮風しおかぜに殴られた松のように曲がった腰の、顔にひび割れに似た幾百いくひゃくものしわを刻んでいる、黒衣の大柄な老人だ。


「ナウン……ナウン……が、ホしい」


 モンスターが人の言葉を呟きながら、血反吐ちへどを口から流して瞼を降ろす。

 老人はモンスターの最後を見送ると、赤い液体がもれる割れたガラス容器の中、訳がわからず頭をかたむける幼い《彼》に話しかけてきた。


「お前、年はいくつになるんだ?」

「よんさい」


 彼は、小さくて頼りない指を四本立てて老人に見せた。


「でね、でね、ぼくの番号はね……」


 何かを伝えようとした彼を、老人はひょいと小脇に抱きかかえる。

 

 すると彼を包んでいた赤い液体が飛沫ひまつとなって凍てついて、紅玉の欠片のように散っていった。


「お前に、人生という名の《歌》を教えよう。そして、死に逆襲する《詩》を与えよう」


 そう言って、老人は器具のガラス片が広がった床をギシリと踏みしめた。


「いや、もうお前はその存在で、死に逆らっているのか……」

「ねぇ、おじいちゃん、お母さんは何処に行ったの?」

「お母さん? ……そうか、あの女にも母性はあるのだな」


 死に絶えたメスのモンスターを振り返ってから、老人は王宮に向かって歩き出した。


 それから、十三年後、助け出された《彼――アベル》の物語は開始される。

 この二つの過去を交じり合わせた逃亡劇のはじまりである――。


********

コメディでバトルの始まりな第一章へつづく


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