第2章

第12話

 ギルド『ラウンドテーブル』による波乱の入団テストがあった翌日。

 休みが明けて普段と何一つ変わらぬ1週間が始まる中、奏人がいつも通りに登校し、昇降口で靴を履き替えようとしていた時だった。


「よ、奏人」


 隣から声をかけられ振り向くと、短く刈った黒髪の同級生の姿があった。


「あ、マコ。おはよう」


 古賀こがまこと

 奏人とは中学からの付き合いで、4年以上経った今でもよく2人で行動しており、以前から奏人にドラテを始めることを誘っていた人物でもある。


 上履きに履き替え、下駄箱に靴を収納し終えると、誠があくび混じりに大きく背中を伸ばす。

 それから2人は教室に向かって廊下を歩き始める。


「あー、月曜の朝ってほんと身体がキツいよな。土日のほとんどをドラテに費やしてたのが理由なんだけど。……そういえば、奏人って結局ドラテ始めたのか? 昨日だかに届くって言ってたけど」

「うん、始めたよ。本当はちょっと遊んだ後に連絡しようかなと思ってたんだけど、すっかり忘れちゃってた。ごめんごめん」


 昨日、『ラウンドテーブル』に加入してレッド達とフレンドになった後、休憩がてら一度ログアウトしたのだが、思った以上に疲労が溜まっていたのか、泥のように眠ってしまっていた。

 ログアウトした時点ではまだ夜になってはいなかったというのに、気がついた頃には既に明け方だった。


 そのせいで誠に始めた報告することができず、現在に至るというわけだ。


「気にすんなって。俺も土日は結構ギルドと攻略で忙しかったから。にしても、そうか。遂に奏人もドラテ始めてくれたか! じゃあ今度、一緒にクエスト攻略でもしようぜ。色々ドラテのことについても教えるからよ」

「本当? ありがとう、助かるよ。まだクエストっていうのやったことなかったし」

「……マジか。え、じゃあ昨日何やってたんだ?」

「えっと……とりあえず2時間くらい武器の練習してから、3時間かけてボス攻略……かな?」


 簡潔にまとめて答えると、誠が豆鉄砲を食らったように目を丸くする。

 ドラテをやったことのあるプレイヤーなら当然の反応だった。


 まさか、始めた初日からクエスト諸々ガン無視してエリアボスの討伐に向かおうとするとは思いもしないだろう。


「……ボス攻略って、なあ奏人。お前、一体昨日、何倒そうとしたの?」

「何って……ズーってエネミーだよ。なんだっけ、確か……荒鷲の丘ってところの頂上に行こうとするとその直前に立ちはだかってくる、あのでっかい黒い鳥のやつ」

「マジかよ……」


 誠は小さく呟き、数秒かけて深く息を吸うと、眉間をつまむように指を当ててから大きく息を吐き出す。


「……まあ、いいや。それで、勝ったのか?」

「うん、勝ったよ。すっごくギリギリだったけど」

「お前……サラッとえげつねえことやってのけてるな。つーか、なんで始めて速攻でエリア攻略しようってなったんだ? 始まりの街のクエストでズーを倒せなんて内容のやつなんか出るわけねえし」

「まあ……そう、だね」


 誠の疑問に、奏人は言葉を詰まらせる。

 レッド達から自分が『ラウンドテーブル』に入ったことはできるだけ外部に漏らさないで欲しい、とお願いされていたからだ。


 まあ理由は大したことではないのだが、だからといってそう安易と口にしてしまうのも憚れる。

 とはいえ、流石に親友にも隠し通すというのも忍びない。


 どうするのが良いのか暫しの間、頭を悩ませた結果、奏人はスマホを取り出してとあるアプリを起動することにした。


「ちょっと待ってて。言っていいか確認とるから」

「確認って……もしかしてなんか訳あり?」

「そんなところ」


 奏人が起動させたのは『Dragon Tale Online App』――登録したアカウントと連動し、ドラテ内の簡単なメニュー操作や、チャットのやり取りなどをスマホでもできるようにするというものだ。


 早速、チャット画面に切り替える。

 メッセージの相手はレッド、内容は誠にギルドに入ったことを言ってしまっていいかの確認だ。


 変に言い訳して取り繕うより、素直に聞いてしまった方が手っ取り早い。

 駆け引きとかそういうものは苦手だった。


「……ん? メッセージって、奏人もしかしてフレンドできたのか?」

「あ……うん、成り行きみたいな感じだったけど」

「ふーん、なるほどな」


 メッセージを送信してから30秒足らず。

 あと少しで教室に到着しようとした頃に、レッドからメッセージが返ってくる。


「お、返ってきた」


 すぐに本文を確認してみると、[リア友1人くらいなら問題ないぜ!]とグッドマークの絵文字と共に書いてあった。

 奏人はほっと胸を撫で下ろすと、すぐに「ありがとう!」と返信だけしてチャット画面を閉じた。


「良かった、大丈夫っぽい。でも……できたらこのことは内緒にして欲しいな」

「分かった。ギルドメンバー含めて、他の奴らには言わねえよ」

「お願いね。じゃあ、なんでズーを倒そうってことになったかなんだけど、マコってラウンドテーブルってギルド知ってる?」

「……円卓のことか。ああ、知ってる知ってる、あの変人集団な。あいつら攻略組の中でも有名だからな。でもなんでここで円卓の名前が……って、まさか!?」


 奏人がこれから何を言おうとしているかに気付いたのか、誠はかっと目を大きく見開く。


「……うん、多分マコの考えている通りだよ。昨日、レッドたちが人員募集で入団テストをやってて、記念に挑戦してみたら……なんかクリアできちゃった」


 それから、はにかみながらそう口にする奏人に対して、口をあんぐりと開いて絶句してみせるのだった。

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