Dragon Tale Online〜汎用性を極めた均等振り初心者NINJAの冒険奇譚〜

蒼唯まる

第1章

第1話

 今から遡ること1年と半年前。

 仁科にしな奏人かなとが高校に入学してすぐのことだった。


 国内でも有数の大企業であるゲーム開発会社アザーワールディ社からフルダイブ型VRMMORPG『Dragon Tale Online』――後の通称“ドラテ”が発売された。


 圧倒的面積を誇る広大なオープンワールド。

 戦闘、探索、アイテム作成と多岐に渡り、総数が四桁を超えるスキルの数々。

 ステータスを自分の好きなように割り振って育成することができる等といったプレイの自由度の高さ。


 そして、現実世界の人間と遜色のない思考や感情を持つNPCとの出逢いによって生まれる様々なクエスト。


 これらの要因が重なった結果、爆発的にゲーム人口は増加し、発売1ヶ月という僅かな期間で50万人を突破する脅威の売り上げを叩き出す。

 そして、サービス開始してからもゲーム人口は右肩上がりに増え続けており、現時点でのアクティブユーザはおよそ900万人にまで達しようとしていた。


「――よし、やるぞ」


 初期設定を終えたばかりのゴーグル型デバイスを早速装着して、奏人は期待に胸を高鳴らせる。


 夏休みの間に、叔父の喫茶店を手伝って得たバイト代で注文して届くまでに1ヶ月以上。

 以前から親友に誘われていたこともあり、この日をずっと待ち侘びていた。


「それじゃあ、えっと確か……”フルダイブシステムスタート”、と」


 音声認識によるデバイスの起動。

 すると、視界が瞬く間に一面真っ白な空間へと切り替わった。


「おおっ!? すごい、本当に景色が変わった! それに服もなんか中世って感じになってるし、触った感じもすごくリアルだ」


『Dragon Tale Onlineの世界にようこそ。これからあなたが世界に降り立つための分身――アバターの作成を行います』


 驚いてるのも束の間、女性ガイダンスの音声が流れると、目の前にはポップアップ画面が浮かび上がる。

 画面には[名前を入力してください]と表示されていた。


「あ、そっか。今度はドラテの方の初期設定をしなきゃか。まずは……名前かあ。どうしようかな……ネットだから本名にするわけにもいかないし、だからといって変に凝るのもなあ。……とりあえず早くやりたいし”ソウジン”でいいや」


 奏人を音読みにして”ソウジン”と安直過ぎる名前な気もするが、考えている時間が勿体無い。

 サクッと入力を終えると今度は[初期装備を選択してください]というメッセージと武器の一覧が表示された画面へと切り変わる。


 武器の一覧には剣に槍、杖といったオーソドックスなものから、トンファーや鞭、それに大盾といった一風変わったものまであり、武器ごとに特徴をまとめた説明文が記載されていた。


「へえ、いっぱいあるんだ。どれにしようかすごい悩む。……あ、これいいかも」


 その中である武器が奏人の目に留まる。

 それは1メートル近くもある巨大な十字手裏剣でカテゴリとしては[手裏剣]と区分がされていた。


◯手裏剣

 近接遠隔兼用武器。斬撃による近接戦闘と投擲による遠隔戦闘を一つでこなすことができる。最大射程はSTRに依存、命中精度はDEXにより向上。


 ドラテにおける手裏剣は片手で装備できる投擲武器のようだが、接近戦でも戦えるようにと中心部に柄が付いており、しっかりと握れるようになっていた。


「近くでも遠くからでも攻撃できるって便利そうだよね。手裏剣にしてみようっと」


 片手武器だと右手と左手それぞれに装備することができるみたいなのでどっちも手裏剣を選択する。


「うん、これなら近くの敵も離れた敵も対応できそうだ」


 ちなみにドラテにおいて初期武器としてのおすすめランクをA~E基準でつけるとするならば手裏剣は最低評価のEといったところだ。

 初心者におすすめどころか、物好きが選ぶような趣味武器となっていた。


 なぜ、手裏剣がEなのか。

 理由は大きく2つある。


 まず独特過ぎる形状によって単純に扱いが難しいというのが1つ。

 一昔前のようのボタン操作でキャラを操作させるのではなく、プレイヤー自身が仮想の肉体を動かすため、取り回しが難しい武器はそのまま性能にも直結してしまうデメリットがある。


 もう1つは、遠近両用と聞こえはいいが、どの距離から戦うにしても上位互換――つまりはより強い武器が存在するせいで手裏剣をわざわざ使うメリットがないからだ。


 近くで戦うのなら素直に剣や槍を選べばいいし、離れて戦うのであれば弓や杖がある。

 加えて下手に幅広く対応しようとなると、ステータスがどれも中途半端になってしまう可能性だってある。


 遠近両用というのは珍しい個性ではあるが、メリットよりもデメリットの方が目立ち、それ〇〇でよくない? での一言で片付けられてしまう残念な武器が手裏剣だった。


 だが、そんなことを奏人が知る由はない。

 MMOというジャンルすら初めて触るドがつくほどの素人である奏人には、掲示板や攻略サイトなどで情報を得るという発想がなかったのだ。


 初期装備の設定を終わらせると、次は[初期パラメータと成長傾向を設定してください]という表示が出てくる。

 ドラテの醍醐味の1つ、パラメータ設定だ。


 予め設定されているステータスに加えてパラメータポイントをHP、MP、STR筋力VIT生命力INT知力RES抵抗力DEX器用AGI敏捷LUKの九つの能力値を合計100になるように自由に割り振ることができる。

 ここで“100“という数値をどのように割り振っていくかが今後の育成環境、プレイスタイルを大きく左右する。


 というのも、ドラテにはジョブシステムが存在せず、キャラを構成するのにあるのはパラメータ、スキル、武器の3つのみだからだ。

 育成システムとしての物足りなさは否めなくもないが、逆にこのシンプルさがライトユーザーを呼び込む一因になっていた。


「パラメータ設定か。うーん、どうしよう。HPとMPは何となく分かるけど、STRとかINTとかってどういう意味なんだろう?」


 だがしかし奏人は、ステータス表記の意味を理解していないのである。

 ここでのセオリーとしては、自分の初期武器や成長傾向に合わせて無駄のないようにするか、レベリングを効率化するためにまずはSTRかINTに重点を置いてポイントを割り振るのだが、そんな高等技術(傍から見ればただの基礎知識)を奏人が持ち合わせているはずもない。


「分かんないから全部同じにすればいっか。いろんなことができた方が何かと便利だしね」


 案の定、汎用性を重視する奏人は各能力値が同じ数値になるよう調整してしまう為、魔法系の育成をするわけでもないのにINTにまできっかり同じ数値が設定されていた。 

 結果、HPからLUKまで、それぞれを同じ数値になるように11ずつ割り振り、余った1については、変にどれかに足すのも変な感じがして保留することにした。


 武器もビルドもまさに器用貧乏の一途を辿っている。


「ふう。あとは成長傾向か。えっと、攻撃型、支援型、防御型……へえ、たくさん種類があるんだ。でも、とりあえずバランス型でいいかな。困った時は万遍なく成長すれば問題ないよね? うん、多分いけるはず」


 バランス型を選択すると画面が切り替わり、最後にステータス一覧と確認のボタンが表示される。


————————————

プレイヤー名:ソウジン 

レベル:1

所持金:100G

物理攻撃力(右手):20

物理攻撃力(左手):20

魔法攻撃力:15

物理防御力:22

魔法防御力:15

【能力値】

 HP:21(+11)

 MP:16(+11)

 STR:16(+11)

 VIT:16(+11)

 INT:16(+11)

 RES:16(+11)

 DEX:16(+11)

 AGI:16(+11)

 LUK:11(+11)

【装備】

 武器(右):初心者の手裏剣

 武器(左):初心者の手裏剣

 頭:-

 胸:村人の服

 腕:-

 腰:村人のズボン

 脚:村人の靴

 アクセサリ1:-

 アクセサリ2:-

【常時発動効果】

 -

————————————


 [よろしければ”OK”を選択ください]という最終確認に対して、奏人は[OK]のボタンをタップする。

 これでようやく奏人の初期設定は無事に終了した。


『アバターの設定が終了しました。これからあなたは冒険者として世界――ベズレヴィアを自由に謳歌することができます。それでは良き旅路になることをお祈りしています』


 最後にまたガイダンスの音声が流れて、すぐに視界がガラッと変わると、奏人は多くの人々が行き交う小さな街の広場に立っていた。

 ここはこのゲームを始めたプレイヤーが最初に降り立つ場所――[始まりの街]と名称がつけられていた。


 周囲にいる多くは奏人と同じような格好をした初期装備のプレイヤーだが、時折見受けられるデザインが違う装備のプレイヤーに奏人は目を輝かせる。


「おお! これが最初の街か。みんなかっこよくて強そうな武器を持ってて羨ましいなあ。俺も早くそんな武器を手に入れたいなあ」


 特にこれをやりたいと考えていた訳ではなかったのだが、たった今、奏人の頭の中でというのが最初の目標として固まる。

 そのためにまずやるべきことはレベル上げだ。金策にもなるし、操作に慣れることにも繋がる。


 そうとなれば善は急げ、奏人――いやソウジンは駆け足で街の外へと向かうことにした。

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