友達


  友達は好きだ。でも同時に鬱陶しくて、ひどく寂しかった。


 上坂や学校の担任から、私の事情はそれとなく漏れ出していた。無論、他人は他人にたいして興味を持たない。だから、友人をのぞいては、声をかけてくるひとが関心を寄せているのは「病気で死にかけの姉がいる」という点だった。

 その友人はと言うと、

「何で言ってくれなかったの?」

 と泣き顔から怒り顔まで様々で、私を抱きしめるものまでいた。

 何で言わなかったか、そんなもの、「姉を忘れたかったから」以外にないが

「重すぎて怖くて言えなかった」

 以外には言えそうにない空気で、とことん弱った。

 そうでなければ、「そんな大変な姉がいるのに自分達とニコニコ笑っていた私」を友人達は認められないのだと気づいてしまったのだ。友人達は、やっぱり大多数の善良な部類の人間だった。

 その善良さというものに、何となく心が温く感動に包まれた。しかし同時に、一気に窮屈に冷えていくのも感じていた。

 こんな風に生まれたかった。

 優しい人間に、生まれたかった。私の代わりに泣く彼女たちを見て、そう思った。

 姉の姿を思い出せば、尚更だった。


 明日、明日か、それとも今夜?

そう思いながら布団に入る日は窮屈だった。明日であればと布団のなかで思い、今夜であればと今日の昼に思う。

 どうせ死ぬならば、来るなら今という時があったが、死はそんな都合よく訪れるはずがないとも信じていた。きっと一番、迷惑な時に来ると信奉していた。

  

 環状線、まわる。

 通学電車の中では朝でも夜でも眠ると決めている。朝、乗り込む駅はまだ電車の混む前にあり、あいているため座ることができる。座って眠るために、二時間近くかかる通学の電車を、念を入れて通常より早めてさえいた。

 だから、私は通学中はいつも目を閉じている。

 ひときわ日差しが強く差した。眩しくて、私は目を開けた。元より目を閉じていただけで起きていたので、あっさりとした開眼だった。

 目の前にブレザーのジャケットとシャツ、チェックのネクタイが広がる。見慣れたデザイン。隣駅が最寄りの、西高の制服だった。

 通学ラインが同じで、志望校の一つだったのでよく覚えていた。目の前に立っているのは男子校生であるらしかった。差し込む日差しの強さに、同じく顔をしかめているのがわかった。少し遊ばせた髪の毛先が、薄く日に溶け込んでいる。

 トンネルに入る。視線を外して、私はそっと目をおさえて俯いた。


「あ、今日は秋刀魚だね」

 ある日の見舞いの帰り、近所の家を指して言うと、母がほんの少し口元を動かした。眉毛が下がるに合わせて、ぴくりと痙攣したようなそれは、能天気な私に対するいやな笑顔、といった具合だった。類語を引くなら「皮肉っぽい」、それであった。

 姉のためにそんな風にしか笑えない母がかわいそうだった。実際に母がその顔をしたくてしたわけでないことを半分だけ感じたからだ。

 

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