141話 快楽の街を歩いて

「待たせてすまなかったな。退屈だったろ」

「別に。うちもいろいろ、物色してたし」

「そうかい。お陰様で、こっちの準備は万全になった」


 狂太郎は、ぺちぺちとベルトに触れて、上等なそれに満足する。

 こうなったらちょっぴり、その”魔法耐性”とやらがどれほどか、調べてみたいところだが、怪我したらアホみたいなので、止めた。


「今度は、そっちに付き合おう。どこに行きたい?」

「せやねぇ」


 少女は、持ってきた旅行鞄から一枚の羊皮紙を取り出して、


「ええと、――とりあえずこの、センソー寺があるあたりへ」


 センソー寺。浅草か。

 狂太郎は苦笑して、


「おのぼりさんが行くようなところだな」

「うん。定番のとこだから、この世界ではどーなってんのかなって」


 この世界の”ヨシワラ”は、我々の感覚でいうところの”江戸”がある区域全体を指すと考えて良い。

 この街全体が、巨大な遊廓なのである。

 だからこそ、と言うべきか。我々の世界との間違い探しがしたくなるのも無理はなかった。


 その後、二人して街を歩くこと、一時間ほど。

 ヨシワラの中心地からさほど離れてぬその街へ到着するが、……それでもなお、呼び込みの若い衆と、格子戸に遮られた囚われの娘たち(男娼も少なくないが)は途切れない。


 この世界における仲見世通りもまた、”ヨシワラ”の一部として浸食されているらしい。


 と、いうと、いかにもR指定コンテンツが溢れているように思えるが、一応、家族向けの、――健全な遊びもいくつかは見られる。

 その中でももっとも興味深かったのは、サキュバスたちの「好きだった人に化ける」権能を利用した遊びだ。

 なんでも彼女たち、年齢とその時期ごとに、自由に化ける相手を変えられるらしい。

 なお、サキュバスが化けた人物(?)は、以下の通り。


・火道殺音

 「たんにんのせんせえ」(小学生時代)

 「若い新任の教師。担当は英語」(中学生時代)

 「部活の先輩」(高校生時代)


・仲道狂太郎

 「じぶんでかいた えっちな絵(おっぱいが大きい)」(小学生時代)

 「瀬川おんぷ(※22)」(中学時代)

 「世界で一番えろい女(概念)」(高校時代)

 「クリスチーヌ(※23)」(大学時代:前期)

 「黒髪、ショートカットの後輩女子」(大学時代:後期)


 この結果には、――流石の殺音も、けらけらと笑い転げたという。


「狂太郎はんって、想像力豊かな子やったんやねぇ?」

「きみこそ、年上の男に惚れてばかりじゃないか」

に比べれば、カワイイもんやないの。おほほほほ」


 狂太郎は唇を尖らせて、眉間の彫りを深くする。

 確かに、彼の思い人は皆、ぺらぺらの紙切れのようだ。どうやらサキュバスたちが気を利かせて、原作を再現してくれたらしい。


 その後二人は、身の丈10センチほどの、簡単なゴーレム製作体験コーナーで遊んだり、我々の世界でいうところの”リアル脱出ゲーム”に近いアトラクションで時間を潰したりなどした。


 最終的に二人は、遊園地帰りのお客さんのようにヨシワラ名産の着物を買い込んで、センソー寺へと辿り着く。


「……それで? 次はどこへ行く?」

「もちろん、ここまで来たら、お参りやろ。残りの日程、大過ないようせんと」


 わりと彼女、信心深いところがあるらしい。

 二人、有名な雷門……に似た山門を進むと、左右から鋭い視線が注がれる。

 見ると、風神、雷神の像……ではなく、どうもご本人と思しき二柱の巨人が、こちらをじっと見下ろしていた。

 彼ら、揃って「にやあ」という笑顔を作っている。

 なんだか妙に親しげなのは、昨日の余興の観戦者であったため、らしい。


 狂太郎はちょっと手を振って、


「この辺で、我々みたいなのでも楽しめるもの、ありますか」


 訊ねると、雷神様はゆっくりと寺の境内、その奥地を指さす。

 そこには、狂太郎たちが知るような風景とは少し違っていて、――その代わり、地下へと続く階段が、一つだけあった。

 興味を惹かれて二人、そこへ向かっていくと、……どうも様子がおかしい。

 辺りを歩いている連中がみんな、武装しているようなのだ。


「この感じ……」

「うん。せやね」


 ”救世主”二人は、うなずき合う。

 どうも、ダンジョン系RPGの世界の雰囲気に似ている。

 辺りをたむろしている冒険者たちが纏っているオーラが、どうもそういう感じだ。

 ただ、少しいつもと違うのが、――ダンジョンへ向かう彼らの大半が、男女のカップルである、という点だ。


「なんやろ、ここ。ちょっと潜ってみよか?」


 気軽に言う殺音。

 実際、”救世主”と呼ばれる者たちにとって、この手のダンジョン攻略はさほど難しくはない。


「構わないが、なんでこんなところにダンジョンが……?」


 首を捻りつつ、そちらに歩み寄ろう、と、すると……。


「止めときな」


 と、いつの間にか隣にいた、ローシュが言う。


「わっ。いつの間に」

「あたしはね、ヨシワラの中でなら、どこにでも現れるのさ」

「そ、そうなんですか……」


 狂太郎が目を白黒させていると、


「あのダンジョンだけは、止めといた方が良い。あれは……あんたらみたいな子が挑んで良いところじゃない」

「そう、なんですか?」

「ああ。――ありゃね、……この世界にまだ”終末因子”が根付いていたころ……それを取り除いた”救世主”がノリで作った、エロトラップダンジョン、っちゅうもんだ」

「エロトラップ……。マジすか」

「嘘なんてつくものかい。わけのわからん触手とか、妙なからくりとか、洗脳電波とか、スケベなことをするためだけに生み出された化け物とか、セックスしないと出られない部屋、とか。……ヨシワラも大概だけど、あのダンジョンの中は、あれだよ。ソドムとゴモラだ。淫蕩と退廃の世界だよ。日に十度達してもまだ足りないってェ性豪ですら、カラッカラの干物みたくされて帰ってくるところを何度もみた」

「へえ……」

「一応、その最奥には、ちょっとした財宝があるって話だけどね。まだだれも、そこに辿り着いたものはいないんだよ」

「ほうほう」


 そこだけ切り取ると、冒険心をくすぐられるが。


「一応、忠告しとく。あん中に入ったら、あんたのスキルを持ってしてもたぶん、100度は絶頂する羽目になる。終わった頃にゃあ精も根も尽き果てて、しばらく病気みたいになるぜ」


 子供じみた冒険心は、一瞬にしてふにゃふにゃに萎えた。


「……危ないところでした。さすがにまだ、空っぽにはなりたくない」

「おやおや。ここにいる間、誰かに精を注ぐ予定でも?」

「そういう意味じゃなくて」


 いつの間にか、殺音が1メートルほど離れている。

 なんで自分は、セクハラされているんだろう。


「まだ、余興に出る可能性はあります。――ほら。飢夫の時みたいに、ヘルプが必要な場合があるでしょう?」

「確かに、ね」


 たしか、第四回戦に出場するのは、”ああああ”であったはず。


――そういえば彼女、元気でやっているだろうか。


 そう思っていると、……わっ! と、辺りに歓声が響き渡る。


「ダンジョンの深層に到達したものが現れたぞ!」


 とのことで。


「ふむ……。遂に出たか」


 ローシュは、眉をひそめている。

 どうやらこの人、我々に会うためというよりは、ダンジョンの様子を見に来ていたようだ。


「あんたら、運が良い。ひょっとするとこのまま、宴が始まるかもしれないよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※22)

 『おジャ魔女どれみ』というアニメシリーズに登場する主人公格の一人。

 サイドポニーがチャームポイントのチャイドル(低年齢アイドルのこと)だそうです。


(※23)

 『ペーパーマリオRPG』というゲームに登場するクリボーのメス。クリフォルニア大学で考古学を勉強しているらしい。

 何かの冗談かと思ったが、当時は彼女に思い入れるあまり、あちこちの掲示板でクリスチーヌの絵をリクエストして煙たがられる有り様だったようだ。

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