即オチ幼馴染は、ダイエットを始めた結果躾としてスポーツブラでスクワットする。


 朝の六時半。

 ゴミ捨て場にゴミを投げ入れる。


「おはようございます」

「おはようございます」


 通りすがりのご近所さんに笑顔でご挨拶。

 空をあおげば雲一つない快晴だ。


(ランニング日和)


 ゴールデンウィークが明けた月曜日。登校時間を気にしつつ、僕は柔軟を始める。


(いちにーさんしーごーろくしちはち)


 手をぶらぶら、足をぶらぶら。

 よし行こうと走り出そうとした時、隣の家から誰かが飛び出てきた。誰か――というのは、わかっているけれど。ただ、ちょっと驚いた。


「こんな時間に起きてるなんて珍し……なにその恰好?」

「い、いえ。い、いつも一人では寂しいだろうと思いまして、付き合ってあげようかと」


 癖のある髪をくるくる。

 落ち着かない様子のルコの姿は、僕と同じランニングウェアだった。

 朝起きてるだけでも珍しいのに、その上運動嫌いなルコが自らランニングに付き合うなんて言い出すとは。


 僕はもう一度空を仰ぎ見た。やっぱり、雲一つない快晴だ。


「……」

「どうかしましたか?」

「いや……隕石でも落ちてくるのかと」

「そこまで言うことあります!?」

「ないと?」

「……」


 今度はルコが黙り込む番だった。

 早朝ランニングという、ルコの生態系から掛け離れた行動を疑問に思わないわけない。


(まぁ、なんとなくわかるけど)


 じっと、ルコ……というか、ルコの体を見ていると、恥ずかしそうに胸を隠す。


「あ、朝からなんですかっ。外でそういうのは止めてください」

「……はぁ。遅刻確定か」

「そんな遅くありません!」


 と、強きで言った十分後。


「……ひうぅ……はぁぜぇ…………なっ、なぎ…………ま、てぇ」


 青い顔で、今にも倒れ伏しそうなルコ。陸に上がった魚みたいな有様だ。

 その横を「おはようございます!」と、元気なおばあちゃんが走り抜けていく。


「肉体年齢はおばあちゃん以下かぁ」

「ど……ゆ……い……うえぇ」


 ツッコム元気もないらしい。酷い有様だ。

 僕なんて、ルコに合わせていたら途中からウォーキングになってしまい、汗一つかいていないというのに。日頃の運動不足が目に見える惨状だ。


「家帰る?」

「……む、むりぃ。お、おぶってぇ」

「もー。でかい子供かー」

「重くないぃ……」


 そんなこと言ってない。

 しょうがないので、要望通り負ぶって帰路につく。

 ぎゅむぅうっと背中を襲う重量感のある柔らかい重し。こんな物抱えてればバテるのも早いか。



 ■■


 どうにかルコを家に連れ帰った僕は、朝食の準備を始める。

 目玉焼き、食パン、サラダにポタージュと定番で攻めてみた……のだけれど。ルコの前にはサラダだけがぽつねんと鎮座している。


 フォークを片手に、寂しそうなルコ。けれど、僕がイジワルで侘びしい朝食にしたわけではない。


「本当にそれだけでいいの?」

「大丈夫です。お腹空いてませんので」


 いただきますと、ルコはウサギのようにもそもそと野菜を食べ始める。

 サラダもそんなに量はない。見る間になくなって、直ぐにごちそうさまと手を合わせた。


 僕は半眼でルコを見つめる。


「倒れるよ」

「ふっ……この程度、生徒会の仕事に比べれなんてことありません」

「ブラックかな?」


 誇らし気な顔をしたルコだったが、体は正直であった。

 きゅ~っと可愛らしいお腹の音。

 一瞬の静寂。天使が通り過ぎる。

 涙目で、耳まで赤くしたルコが体をプルプル震わせる。


「いえ……あの、これは……っ!?」

「はぁ」


 僕は嘆息して冷凍庫を開ける。


「玄米のお握りは?」

「……食べます」


 まだカロリーも少なかろうと勧めると、小さく小さく頷いてみせた。

 体を縮こませ、羞恥に震えるルコ。


(こんな調子で学校大丈夫なんかねぇ)


 この心配は午後になってあっさりと的中してしまう。



 ■■


 高校の昼休み。

 一人、中庭でお弁当を食べていると、携帯に着信が入った。

 確認して、目を丸くする。意外な相手だ。


 通話ボタンをスライドすると、スピーカーから涼やかな声が聞こえていた。


『こんにちは、なぎちゃん』

「ナギサです」


 楠乃花くすのは女学園生徒会長、雨ノあめのしずくさん。

 先日、偶然の出会いによって知り合った相手だ。連絡先を交換していたけれど、一週間も経たず連絡があるとは思ってもなかった。


『うん、けど。凪ちゃんに用があったから』

「どういう意味ですか?」


 含みのある言い方。嫌な予感がする。


『ルコ、体調崩して保健室で寝てる』

「……なるほど」


 嘆息。

 予想通り過ぎてなにも言えない。


「大丈夫そうですか?」

『うん、ただの貧血。保健室の先生が、ご飯食べろだって』

「ですよね」


 慣れない運動、無理な食事制限。

 元々体も強いほうではないのだ。こうなることは、半ば必然だったか。


『迎え、宜しく』

「迎えって……」


 何の気なしにそんなことを宣う会長さん。

 女子高にどうやって、と考えたけれど、直ぐに口を閉じた。


「……なるほど?」

『宜しく、凪ちゃん』


 電波の繋がるその先で、楽しそうな微笑みが見えるようだった。



 ■■


 楠乃花くすのは女学園の保健室。

 室内はやたらめったら広く、保健室というよりも、ホテルを想起させる作りだ。ベッドも鉄パイプではなく、木製で趣がある。うちの学校とは大違いの設備だ。


 そのやたら綺麗なベッドの上には、青白い顔のルコが眠っていた。

 額に汗をかき、寝苦しそうだ。うなされている。


 暫くすると、目が覚めたのか、呻くように口を開いた。


「……うぅ、情けない」

「そう思うならちゃんとして」

「はい、そうしま……? ――な、ナギサ!?」


 勢いよく半身を起き上がらせる。

 けれど、貧血気味だからか、ふらりと体を傾け、ベッドに手を付く。


「どうしてここ……に?」

「なに?」


 どうにか僕を見たルコが言葉を失う。

 予期した反応だけれど、僕の返答はとても素っ気ない。

 困ったように、ルコが問いかけてくる。


「どうしてまた女装しているんですか?」

「僕が訊きたい」


 現在、僕の姿は女装ver楠乃花女学園。つまり、女の子の格好をしていた。

 制服や化粧は先日同様、会長さんの提供だ。そこまでしてくれたなら、ルコの面倒を見てくれればいいのに、僕を女装させたら満足そうに去っていってしまった。なんなのあの人。


 とはいえ、事情は察しているとはいえ、ルコが倒れたと聞いて心配はしたのだ。直接顔を見れるのはありがたい。


「落ち着いたら一緒に帰るよ」

「え……いえ、そこまでは」

「会長さんから『生徒会は臨時休業』って言われてるから」

「はぁ……会長ったら」

「ため息つくのはこっち」

「ひゃんっ!?」


 おでこを押してベッドに寝かせる。


「無理なダイエットをして、倒れてちゃ世話ないよね」

「うぐぅ……バレてる」

「なんでバレないと思ったの?」


 ヒント満載どころか、ほぼ答えだ。ミスリードにしては、露骨に過ぎる。

 咎めるつもりで目を細めて見ると、耐えかねたのか掛け布団で顔を隠してしまう。


「…………申し訳ありません」

「反省して」

「……はい」


 頭まで掛け布団を被り、すっかり姿が見えなくなってしまう。

 文字通り、合わせる顔がないのだろう。


(いい薬かなぁ)


 ふと、気になったことを聞いてみる。


「何キロ増えたの?」

「デリカシー!」


 掛け布団を蹴飛ばす勢いでルコが飛び起きる。

 けれど、僕は追及の手を緩めない。


「で?」

「……一キロ」

「はぁあああっ」

「なんですかその心底呆れたようなため息は!?」


 心底呆れたため息だよ。

 居たたまれなさそうなルコは、口をもごもご動かし、歯切れ悪く話し出す。


「ナギサも知っているでしょう? 私、少しでも油断すると直ぐ太るので。このままいくとあだ名が肉まんに……」

「だから、外食した時、食べ過ぎじゃないって言ってたのに」

「だってぇ……お母様やナギサとお外で食事楽しかったからぁ」

「人のせいにしないでね?」


 デザートでケーキを三種類も食べた上、アイスまで食べればそりゃ太りもする。当時は幸せそうに食べていたからほっておいたが、こうなるなら無理矢理でも取り上げればよかった。


 一体、どれだけ太ったのか。

 気になって服の上からルコのお腹に触れてみる。


(ふむ……ぷにっては、ないな)


 途端、ルコが甲高い悲鳴を上げた。


「うひゃぁあっ!? な、ななななにするんですか!?」

「別に気にするほどじゃないでしょーに」

「バカ!? ヘンタイ! セクハラですよ!?」


 慌てて僕の手を払いのける。

 手に残った感触を反芻し、僕は改めルコに言う。


「僕は気にしないけどなぁ」

「気にしてください!」

「セクハラじゃなくって、体重。もしくは贅肉」

「……贅肉という表現は生々しいので、止めてください」


 繊細なお年頃なのか、微妙にダメージを受けたようだ。涙目で自分のお腹を擦っている。

 ルコがぽつりと呟く。


「……私が気にします」

「贅肉?」

「それはほんと止めてください。ではなく」


 弱々しく、ルコは左右に首を振った。


「気にしない、大丈夫って言われて安心に浸って……怠惰にはなりたくありませんから」

「そっか」


 頷き、微笑む。


「ま、無理しない程度に頑張れ」

「はい」


 この話はこれでお終い――と言いたいところだけれど、残念ながら続きがある。

 僕がニッコリと笑顔を作ると、ルコが怯えるように身を引かせる。


「それはそれとして迷惑かけられたお詫びは貰わないとね」

「あれ? もしかして怒ってます?」

「怒ってないよ」


 ふるふると首を振って否定する。


「ちゃんと躾しないと、繰り返すからね」

「私はトイレを覚えない猫ですか」

「締りのない駄猫だねぇ」

「お腹触らないでください!?」


 帰りたくないとベッドにしがみ付くルコの首根っこを掴み、家へと強制連行するのであった。



 ■■


 翌日。ルコの体調も良くなり、僕の家で行われているのは躾兼ダイエットである。


「ほらー。頑張れ頑張れー。後、五回ー。はい、いーち、にーい、さーん、しー」

「ま……まって、ほんとに……おなかいたいぃ」


 タイトなスポーツブラとパンツに着替えたルコが、汗を滴らせながら一生懸命スクワットをしている。


 上下運動によって揺れる大きなおっぱい。スポーツブラの仕様上、動かないよう固定されているはずなのに、たゆんたゆんと自由自在に揺れ動いていた。


 なんというか、エッチを通り越して、感動すら覚える光景だ。動画を撮る手にも熱がこもる。


「スポーツブラでも躍動感凄いなぁ。動画でも迫力凄い。後で編集しよう。ルコのおっぱい一時間耐久動画」

「つっこむ……げんきも……ないぃ」

「こらー。倒れるなー。次は腹筋でしょー?」

「ひぃ……ひぃ……おにぃ」


 息を切らせて、ルコが仰向けに倒れる。


(やっぱり、巨乳さんはうつ伏せだと息苦しいのかな?)


 なんて、巨乳への疑問が一つ増えた今日この頃。

 汗で濡れるルコのお腹に贅肉はありません。

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