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 近田大介は、道警本部組織犯罪対策局の警部補だった。刑事として出発して以来、ずっと暴力団対策の四課で育ってきた生え抜きだ。

 巡査時代、国体出場の柔道選手だったことから組のガサ入れにかり出され、日本刀を振り回す組員を制圧したことがきっかけだった。以来数々の所轄を渡り歩き、札幌全域の組の情報を掌握できる実力を身につけた。同僚はたびたび畑違いの課に転任を命じられたが、大介が暴力団担当を外されることはなかった。大介の情報収集力は、道警に欠かせないものになっていたのだ。

 暴力団対策法施行以来、ノンキャリア刑事の聖域であった四課にもキャリア支配が着々と浸透した。それまでは組員たちとの人間関係で収集していた情報も、『金で買え』という方針が定着している。だが、それはキャリアが言い逃れにする建前にすぎない。捜査報償費は裏金の温床にされ、末端の刑事が差配できる金額はわずかだ。重要な情報は、未だに現場の捜査員が泥をかぶりながら嗅ぎ分けている。その結果、有力な組幹部との古いつきあいがある大介の存在価値は逆に高まった。警察庁から送り込まれるキャリアを『青二才』呼ばわりしても、職を失うことはなかった。本来は許されない単独捜査や情報収集も、大介に限っては黙認されている。

 大介はまた、警察の暗部も知り抜いていた。帳簿を操作して裏金を作り、不正が明らかになると現場の担当者を切り捨てて組織を保つ――その全てが、無能なキャリア幹部を養うためのからくりだと見切っている。キャリアとその取り巻きに私物化されている警察の中で、志を持つ刑事が次第に消えていく現実を見続けていた。だからこそ、組織の中での立ち位置も把握している。昇任試験も受けずに現場に棲み続けることは、大介のささやかな抵抗であり、保身術でもあったのだ。

 そして自身もまた、その暗部にどっぷりと漬かり、利用していた――。

 ここ数日間、大介は市内全域で活発化している組の情報を吸い上げるために、早朝から所轄に足を運んでいた。そして、一件の暴行事件を確認した。

 報告書には三枝浩一が幸子と共に救急車に乗ったことが記録されていた。北署の担当者は、『三枝は、婚約者として今も付き添っている』と言った。

 一刻を争う。  

 大介はパートナーの若い刑事を北署に残し、覆面パトカーに赤ライトを点滅させて病院の駐車場に飛び込んだ。

〝あの男を幸子から引き離さなければ……〟

 待合室に駆け込んだ大介は、警察手帳をかざしながら、手近なナースを捕まえた。職務質問のような厳しさで問いただす。

「近田幸子の病室はどこだ⁉」

 診察を待つ患者たちの視線が集まった。

 年輩のナースは厳しい目で堂々と、しかし穏やかに受け応えた。

「大声は患者さんの迷惑です。警察の方は裏からお入りください」

「幸子の父親、近田大介だ。娘は無事か?」

 ナースの表情が和らぐ。

「そういうことでしたら、こちらへ」

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