第9話



「スサオ……ごめんなさい」


 テラがスサオの太い腕に手をかける。声は冷静を装っていたが、声は悲しげだった。


「あたしスサオと喧嘩して、家を出ていったよね。でも行くあてなんてないから……雨の中ひたすら歩いて、たどり着いたのが河川敷の橋の下だった。そこでこの子、ずっと泣いてたんだ」


「テラ……」


「そうしていたらね、私なんかよりもっと悲しそうな音が聞こえたんだ。それが橋の下に捨てられていたあの子・・・の泣き声」


 涙のあとを拭い、テラはしっかりとした顔で言った。


「もう喧嘩のことなんて、どうでもよくなった! その子をこの店に連れて帰って、すぐに温かいご飯を食べさせてあげたの。そうしたらすっかり私に懐いてくれて……とっても嬉しかった」


 テラの表情が、喜びと寂しさでのないまぜなになっていた。


「私は子供が産めないけれど、あの子の温かい手を握っていたら……もうずっとここに閉じ籠って、この子の育て親になろうって真剣に思ったわ」


「え……」


 スサオがドキリした顔でテラを見る。


「でも現実は違う。神様がそれを許してくれなかったのね。あの子がひとつだけ持っていたポシェットの隙間に、電話番号を書いた紙がそっと隠してあったのを見つけたわ。母親は誰かが見つけてくれると信じていたんでしょうね。だから私は電話した。そして駅まで迎えに来た母親を、トキに迎えに行ってもらった」


 テラは振り返り、黙って話を聞いていたカネミママに訴えた。


「ごめんなさい、ママ。自分のワガママで、お店の皆に迷惑をかけました。お願いです。勝手なことをした私をクビにして下さい」


「馬鹿言うな! テラ! な、なあカネミさん、お願いだ! テラを許してやってくれ!」


 情けない様子で懇願するのスサオを横目に、カネミママはムスッとして腕を組んでいた。


「……そうね、テラ。あんたはもうクビよ」


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