第45話 番外編 夕食と小弥太の夜話1
「小弥太、そんなに栗をむいてどうするの? 二人だから食べきれないよ」
先ほどから唯と小弥太は、夕暮れの縁側で、栗の鬼皮をむいている。庭でたくさんの栗を拾ったのだ。
「今日は客が来る。大目に飯を作ろうと思う」
「小弥太のそれってすごいね。どうしてわかるの?」
唯が不思議そうに首を傾げる。
しかし、小弥太は夢中で鬼皮をむいていて、顔を上げない。彼は実に器用で手早い。唯は渋皮のついたものをいくつか取り分けた。
「それをどうするつもりだ?」
「渋皮煮を作るんだよ。おばあちゃんが秋になると良く作ってくれたんだ」
ここのところ残暑が続いていたが、今は秋の爽やかな風が吹き、過ごしやすい。ちりりんと軒先につるした青銅製の風鈴の音がなった。そろそろ取り外した方がよいだろう。
「随分、ご飯炊くんだね」
「ああ、今日は客が二人」
「ふーん」
小弥太は本当に不思議だ。客が来ることと人数を当てる。これも神通力なのだろうか。
◇
庭の七輪で焼いたサンマに大根おろしを添え、栗ご飯、銀杏入りの茶碗蒸し、カボチャのサラダに栗の渋皮煮を用意する。
果たして小弥太の予告通り客はやってきた。
食卓には瑞連が持ってきた牡蠣の佃煮も仲間入りした。
そして、その瑞連の横にはなぜか酒瓶を抱えた村瀬が立っている。
「やあ、お狐様はいけるくちだろ」
見た目子供に酒を勧めている。
「なぜ村瀬がいるのだ」
小弥太が瑞連に問う。
「小弥太、一応、呼び捨てにしちゃだめだよ」
「こいつはいいんだ」
いつもは言うことをきく小弥太が、譲らない。
「よく普通に話せるな。怖くないのか?」
村瀬が呆れたように唯に言う。
「別に小弥太はこうしていると普通の子だよ」
「いや、充分異質だって」
「失礼な奴だな。お前にサンマはくわせない」
小弥太が無表情で言う。
「冗談です。狐様」
村瀬があっさり謝った。
その後、四人で食卓を囲みご飯を食べた。大人数で食べるのもたまにはいい。しかし、村瀬は何しに来たのだろう。
本人に直接聞くと。
「引っ越し手伝ったじゃないか。その後食事に呼んでくれるくらいいいんじゃない?」
「確かに、その節はありがとう」
唯は素直に礼をいった。
もちろん引っ越しの礼はきちんと別にしていたのだが、大方小弥太の様子でも見に来たのだろう。小弥太は陰陽院にとって興味深い妖らしい。
そんな感じでささやかな夕食会は、和やかな雰囲気の中でつづいた。
しかし、唯の不用意な質問から、話題は怪しげな方向に転がる。
「ねえ、小弥太。鬼って、どこから来るんだろうね」
唯が大学での事件を思い出していった。
「妖の手を借りずとも人から発生したものもある」
「それは興味深いですね」
と瑞連が珍しく身を乗り出す。
「ああ、その話俺も気になる。ひとつ話してくれないか? 狐様」
村瀬までのって来る。
「ふん、人伝に聞いた話だ。俺の話ではない。それでよければ」
小弥太もこわれて満更でもないようだ。
「え、ちょっと怖い話じゃないよね?」
「大丈夫だ。問題ない」
かくして小弥太の話は始まった。
◇◇◇
「夏の暑く、寝苦しい晩に、
それで、ある検非違使が
子供姿の小弥太がすらすらと語る。
「ええと、ごめん小弥太、言葉が分かりにくい」
唯がいきなり話の腰を折る。
「唯さん、これは平安時代の話のようですよ。検非違使はその時代の
警察のような者です」
瑞連が教えてくれる。そういえば古文で習った覚えがあった。
「そうだ。放免は検非違使の部下のことだろう。お前、成績いいのにそんな事も知らないのか」
「いや、ちょっと忘れてただけで」
「話を続けてもいいか?」
小弥太が唯に確認を求める。
「どうぞどうぞ」
と唯は先を促した。
小弥太の話は続く。
――大路の先に、果たして女はいた。全身に血を浴びて、髪は乱れ肌は色を失い、ゆらゆらと揺れるその姿は幽鬼のようだ。声をかけたが反応もない。しかし、女は抵抗することもなく、検非違使庁までついて来た。
「なぜ、そのような姿を? お前はどこの何者か?」
と問えば、
「私は
と答えた――
「はいはい! 小弥太それ旦那さん殺してきたんでしょ?」
再び唯が手を上げ話を遮る。
「惜しいな。近いが、この場合の女房とは誰かの妻をさしているわけではない」
「ああ、わかった女官みたいなものね。誰か身分の高い人につかえていたんでしょ?」
だんだんと古文の知識を思い出してきた。
「おいおい、高梨、いちいち話の腰を折るなよ。折角興味深い話をお狐様がしてくれているのに」
村瀬がぶつぶつと呟く。
小弥太は唯には優しいので、いちいち質問に答えてやっている。
「それで、どうなったの?」
「ああ、通ってくる愛人の男を刺殺したという」
「また何で?」
唯がうっかりとまた口を挟んでしまうと、瑞連がふふふと笑う。
「折角蝋燭まで準備したのに、雰囲気ぶち壊しだな」
村瀬がぼやく。
「ごめんなさい」
「俺は別に怪談話をするわけではない。では先を続ける。女が男を殺した理由はこうだ。その男の体に他の女の残り香がついていので、カッとなって殺したと」
(つづき)
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