第19話 狐様1

 その日小弥太は心配になるほどよく眠っていた。


 昨日から今朝にかけて、大学に行ったり、親戚が来てさわいだり、あげくに供物が綾香の食べ残しだったりで疲れたのだろう。可哀そうなことをしてしまった。


 唯がシャワーから出て来ると人型で銀髪の小弥太がソファーにぽつねんと座っていた。


「小弥太、昨日はごめんね。今日は外に食べに行こう」

「お前は間抜けな親戚に二万円とられて、金がないのではないか?」


 小弥太は相変わらず無表情で口調は平板だが、家計を心配してくれているようだ。


「お金がないわけではないの。ただね。おばあちゃんが残してくれたものだから、あまり手を付けたくないだけ。でも小弥太のお供え物ならOKだよ。おばあちゃん信心深かったら、きっと賛成してくれるよ」

「わかった」

 小弥太が銀色の髪を揺らしこくりと頷いた。



 二人は家から近いファミレスに入った。

 小弥太は初めてなので、もの珍しげにあたりを見回している。


 テーブルに案内されると今度は、プラスチックケースに入ったナイフとフォークを興味深そうに眺めている。

 

 しかし、メニューを決めるは早く、小弥太はハンバーグとエビフライを頼み、唯は迷った末エビグラタンとシーザーサラダにした。


「飲み物はドリンクバーで好きなものを入れてきていいんだよ」


 早速、小弥太はグラスに氷を入れ、無表情でソーダとジュースを混ぜ合わせていた。言うことは大人なのに、やることは子供で、唯の口元は自然と綻んだ。


「そういえば小弥太、ナイフとフォーク使うの初めてだよね」

 家にはナイフはない。


「問題ない。テレビで見て学んだ」

「え? そんなことまでテレビで」


 そろそろ小弥太にパソコンを買い与えようかと思う。きっと彼はすぐに覚えるだろう。


 ほどなくしてハンバーグとグラタン、サラダは来た。最初はぎこちないようすでフォークとナイフを使っていたが、あっという間に所作はスムーズになった。


「小弥太、慣れるの早いね」


 唯がびっくりして言うと


「ハンバーグは唯が作った方がうまいが、これはこれでありだ」

と小弥太は言う。

「たまには違う味もいいよね」




 そして、深夜、また唯の元に電話が来る。


「綾香がそちらにいっていない?」


 親戚だが、まったく血のつながりがない叔母さんだ。


「知りません」

「あなたのところ以外行く場所がないはずなんだけど」


「誰かお友達のところじゃないですか? 綾香ちゃんお友達多いから」


 この間も出会い系サイトで仲良くなった彼氏のところへ遊びに行ったのだ。


 叔父夫婦は綾香の持ちだした2万円を当人同士の問題だといって、返してくれていない。よく平気で電話をかけられたものだと思う。


「ちょっと何で他人ごとなのよ。あなたの従姉妹じゃない」

「従姉妹じゃありませんよ。何度言ったら分かるんですか? 叔父さんは私の父の又従兄弟ですから」


 ほとんど他人だ。それを親戚だというのは唯の田舎くらいだ。


「だいたい唯ちゃんが東京なんかに行くから、綾香が影響されるのよ。そういえば、この家に住んでからろくなことがないんだけれど。高台にあって大きくて立派な家だから、昔、村でまとめ役でもやっていたのかと思っていたのに、憑き物筋の家系だとか、村の年寄りがおかしなこと言って来るのよ。気持ち悪くて。

 そのうえ、村の巫女神様を追い出したら、この地に禍がくるとか、わけわかんないだけど。あなた何かおばあさんから聞いていない。ねえ、それから梓巫女って何? 唯ちゃんのおばあさんがそうだったって聞いたんだけれど、どういうこと? この家呪われているんじゃないの? 綾香は高校中退しちゃうし。あなたがどうにかするべきじゃない」


 憑き物筋という言葉は初めて聞いたし、巫女というのもよくわからないが、祖母は村人から相談を受けることも多々あった。


 唯には村の年寄りのいう事や祖母の事情はわからないが、皆、高梨家の者には一歩引いて付き合っていたように思う。


 祖母が亡くなり叔父達が乗り込んできたときも、村人たちは見て見ぬふりをした。


 しかし、そんなことより、自分達に悪いことがあったからと言って、家のせいにするのは酷いと思う。それならば、早々に出て行って欲しい。


 叔父の顔は、祖母に時おり無心に来ていたので知っていたが、叔母や綾香には葬式の時に初めて会った。


「叔母さんは村のお年寄りが言う迷信を信じるんですか? 少なくともその家に私が住むことは祖母の願いでした。地元の大学に通うつもりでしたし。それをあなた達が追いだしたんじゃないですか」


 感情的になる叔母に、唯は淡々と事実を指摘した。


「はあ、なにいっているのよ。人聞きでもない。勝手に出て行ったんじゃない。あなたが今住んでいるマンションの保証人になってやったのに、なんて恩知らずな子なのかしら。オートロックのすごくいいマンションに住んでいるんですって? 綾香から聞いたわ。なんて贅沢なの。身寄りもなくて保証人もいないなんて、あなたこれから、苦労するからね。まともなところに就職なんてできないわよ。少しは私達のありがたみを……」


「私、これからバイトなので失礼します」


 これからは保証人のいらない賃貸に引っ越そうと決心した。


 実は、祖母は唯にもう一言残していた。村の者が不義理をしたら、その時は家を捨ててよいと、村を捨てていいと言われた。


 唯が家を取り上げられたのに、彼らは見て見ぬふりをした。だから、思い切って東京に出て来たのだ。



 叔母からの電話を切るとフェネックが耳をピンと立ててみている。


 今朝起きたら、この状態で、人型になる気配はない。


「もう、本当に何なのかしら、なんで夜中にかけて来るの?」


 電話に怒りながらも唯は寝ることにした。


 本当に叔父に秘密で引っ越して縁を切りたい。


 ♢



 今日はバイトの日だ。ついて来ると言う人型の小弥太を連れて神社に向かう。


 袴に着替えて神社の清涼な空気を吸っていると体が軽くなる気がする。ここのところ嫌なことが続いたので、心が洗われるようだ。ここは東京にあって湧水もある。耳を澄ますとせせらぎも聞こえる。


 唯は早速境内を竹ぼうきではき始めた。しばらく掃除に専念していると宮司の瑞穂がやってくる。


「高梨さん、そろそろ宝物殿の一般公開があるから、亨君をてつだってくれないかな」


「はい」


 唯は早速、玉砂利を踏んで木立の奥にある宝物殿に向かった。


「亨君」


と声をかけるとすぐに彼は出て来た。今ではすっかり彼と仲良くなっていた。


 床には、掛け軸、屏風、瀬戸物、剣、神鏡、銅鏡、盃、燈篭などが並べられている。彼が棚から全部おろしたようだ。


「唯ちゃん、そこの棚に、はたきかけてくれる?」

 唯は埃を吸い込んでしまわないようにマスクをして、丁寧にはたきをかけ始めた。


 床に座った亨は繊細な細工がされた銅鏡を丁寧に布や柔らかいブラシで拭いている。今日はぴょこんとふさふさの耳が黒髪の間から見えていた。

 どうやら彼が手にしている宝物はいわくつきのものらしい。妖力に反応する耳やしっぽが出てしまうのだ。その姿にも唯はすっかり慣れていた。


 今拭いているものには付喪神でもついているのだろうか。それとも昔の呪術に使われたものなのか。


「そうそう、唯ちゃん、聞いた? 最近女子大生や女子高生が行方不明になって、血を抜かれてから発見されるって事件」

「うん、うちの大学の子もいなくなっちゃんだ。まだ家出か事件に巻き込まれたかは、わかってないらしいけれど」


「ああ、遊び人や家出中の子ばかり狙われているらしいよ。深夜のクラブで消えた子もいるって」


「早く犯人捕まるといいね」


 唯が不安そうにいう。


「どうだろう? うやむやになりそうだな。おそらく妖の仕業だよ」

「まさか」


 妖が事件を起こすなど聞いたことがない。


「おい、犬、唯に余計なことを言うな」

「ひっ!」


 小弥太が突然、宝物庫に現われ、亨がしっぽまで出して飛び上がる。彼は小弥太が苦手なようだ。


「あれ? 小弥太、瑞連さんといたんじゃないの? というかどこから入って来たの?」


「入口に決まっているだろ」


 小弥太がいつもの淡々とした口調で答える。


「そんなあ、唯ちゃん、今日お狐様連れてきてたの? 先に言ってよ」


「うん、小弥太が来たいって言うから」

 

 トレーナー姿の小弥太は亨の前にでる。


「あまり唯に近づくな。それにおかしなことを吹き込むな」

「あ、いえ、ち、近づきませんよ!」


 なぜか、亨は小弥太に対して敬語だ。そういえば、瑞連も瑞穂もそうだ。


 そのうえ人型ではなくフェネックの小弥太にリードをつけてバイトに来た時は、社務所の人達が震えあがった。


「高梨さん、何やっているの? 今すぐリードと首輪を外して!」

と社務所の重森徳則しげもり とくのりが言えば。

「そんなことをしたら、祟られ……じゃない、ご利益がないわよ」

 などと神社古参の巫女の猿田典子さるた のりこが騒ぎだす。


 宮司の瑞穂まで出来て

「ああ、高梨さん、柱にリードを繋いではいけませんよ。ぜひとも座敷に上がってもらってください。今茶と菓子を用意しますから」

下にも置かない好待遇を受ける。フェネックなのに……。


 しかし、だからと言ってバイトの邪魔をするのは看過できない。


「小弥太! いい加減にしなさい。今、バイトの時間なの、こうしている間にも時給は発生しているの。だから私たちは働かなければならないのよ。ご飯が欲しかったら、静かに待ってて!」


「わかった」


 小弥太は素直に頷くと、宝物庫から出て行った。



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