第三十話 中央の情勢

「ご苦労。入るがいい」


クロエの声にフロスタリアがドアを開ける。

部屋の床には赤色の絨毯、調度品はバラの模様がの彫られた真っ白な箪笥とデスクに天蓋付きのベッド。アーデン達の隊室とは雰囲気の異なる、いかにも客人用の寝室といった感じの部屋で壁も床も掃除が行き届いていて綺麗だ。

声の主は大理石の長方形の机に両肘を立て、掌を合わせずに五指を組み、その上に口が隠れるように頭をのせている。ふわふわとした長い金髪と凛々しい顔つきは美人といって差し支えない姿だったが、クロエと目を合わせたアーデンはとても嫌そうな顔でたじろぐ。


「…げっ」


クロスタリアの「おいっ」という突っ込みにアーデンは口元を覆って数歩引き下がる。アーデンの一連の流れを見ていたクロエは不服そうな顔で組んでいた足を戻して地団駄を踏む。


「おいクロイツ。この美女を前にしてその今にも吐きそうな顔はなんだ。私じゃなくても普通に失礼だろうが!というかむしろ、私が相手なら見とれて声も出なくなるところだろうがふつうは!」


「喧嘩を買った人間が想像の地位だから吐きそうなだけしょう。いちいち騒がないでください」


クロエの使っている机はどう見ても4人から6人用の大きさで、ベッドが一つしかないこの部屋には不釣り合いだった。そしてその机のちょうど真ん中が、両開きで通常右側しか使われないドアの開閉部と合うように、つまり、ドアを開けた人間の視線のど真ん中に恰好を付けたクロエが丁度入るようにセッテングされている。

そして、元からこの部屋にあったであろう二人用の小さなテーブルは、割を食ってか部屋の隅に追いやられている。壁際のテーブルで紅茶を飲むリリアは、アーデンと違って落ち着いた様子だった。



「大丈夫よアーデン。この人、肩書はヘウルア親衛隊隊長っていうアテナ全土の騎士の中でナンバー2にあたる重鎮だけど、三日も一緒に過ごせば根本的にはバカってことが分かるから。この人と敵対したからって言って、そんな顔をする必要はないわ」


「バカとはなんだバカとは!?私は辺境伯の跡取りとして、武芸と教養を身に着けた、ウルトラスーパーハイスペックなエリート様なんだが!?」


(ウルトラスーパーハイスペックっていう語彙がすでにバカっぽい)


リリアへの苦言と発言の撤回を求めて騒ぐクロエを眺めるフロスタリアは、そう思いながら、中庭の方を向いて口笛を吹く。そして、廊下を通ろうとする騎士に気づくと、入り口で白い目をしているアーデンを押してドアを閉めた。


「そう!お前達を魔物の元に向かわせたのも私。モルガナと協力して町に現れた魔物を撃破したのも私。闘技場にいち早く駆け付けたのも私だ!偶然にも私がティージに来ていなければ、この都市はもっと甚大な被害を受けていた可能性が高い!つまり、私は作戦立案、個人の戦闘、連携能力、思考力ともに優れ、この都市を救った英雄として、臣民、そして家臣から尊敬と崇拝の念を受けてしかるべき人物なのだよ!


よってリリア!今すぐその言われなき誹謗を訂正したまえ。今すぐ!今すぐにだ!」


「これは大変失礼しましたヘウルア親衛隊隊長様。御身はバカはバカでも戦闘バカ、聖女バカの類でございました。謹んで訂正いたします」


「リ!リ!ア!」


リリアは早口で自身の正当性を主張するクロエを、涼しい顔で一蹴する。クロエはリリアに襲い掛かろうかという微妙な距離で両手を上げてプルプルと震えている。

あきれ顔でそれを眺めていたフロスタリアは大きく溜息をつくと、二人に聞こえるように咳払いをする。


「今はティージ復興の真っただ中であり、我々騎士隊は一日も早い復興と、行方不明者の救出を行うとともに、襲撃者に対して万全の備えを整えねばなりません。つきましては、我々をお呼びになった理由について拝聴いただきたく」


クロエはフロスタリアの言葉を聞くと、真顔に戻りリリアへの追及をやめて席に座った。


「おほん。では二人を呼んだ理由を話す前に…なんだセプトラ。…いや、門番なんてつけてないが…、…」


クロエは耳飾りに手をかざす。クロエは何かに気づいたようにドアの方を見ると、


「蹴破れ、監視されてる」


と二人に指示する。

フロスタリアとアーデンは両開きになっているドアを蹴破ると、小柄なフードの後ろ姿が廊下の角を曲がっていくのが見えた。アーデンは足と左手でジェットを起こすと柱を蹴って角を曲がる。しかし、曲がった先には誰もおらず、薄暗い廊下を照らす燭台と、廊下の青みがかった床があるだけだった。

アーデンは一番近い曲がり角を除いたが、隊服姿の騎士達が数人通っているだけで、フードの人物はいない。


アーデンは後から追いついてきたフロスタリアに向かって首を横に振り、逃げられたことを伝える。その後も隊舎内の騎士達によって不審者の捜索は続けられたが、結局不審者が捕まることはなかった。


クロエは隊舎内にあるセプトラの臨時の居室にアーデン達を連れていくと、中断していた話の続きを始めた。


「私がお前達二人を呼んだ理由はお前達に聖都まで同行してもらいたいからだ」


「…護衛、ということですか?」


異端であるアーデンは勿論、背信者であるフロスタリアも聖都には入れない。つまり、二人がクロエに同行したところで二人は聖都に入れずに引き返すということになる。

しかしクロエはフロスタリアの問に対し、首を横に振って答えた。


「いや、お前達には、実際に聖都の大聖堂まで同行してもらって、そこでウォーレンハルトと試合をしてもらう」


「話の流れがよくわからないんだが、まずそのウォーレンハルトってのは誰だよ」


「アレキス・ウォーレンハルト。中央騎士隊の隊長ね。雷を扱う英雄で今の教皇の甥っ子よ」


セプトラは茶菓子の手に持って一人用のデスクから話を聞いている。静かに話を聞いているリリアは何故かセプトラから最も遠い入り口側の席に座っている。


「まず事の経緯だが、お前達は今の教会のパワーバランスについてどれくらい知っている?」


「全く?」「派閥があることぐらいは」


アーデン、フロスタリアは自身の知識の程を率直に答えた。


「…アーデンのために話すと、まずこの世界では5人の権力者が存在している。聖都とその周辺の四大都市の領主達だ。この5人の権力者達は互いに対等でそれぞれの内政には不干渉だった。


だが、中央の領主が教会に手を出して教皇として君臨してから、世情が変わった。今まで政治に不干渉だった教会を教皇が政治の道具として扱いはじめ。他の領主達に忠誠を強いるようになった」


「教会から派遣される巫女の存在がないと、魔物の発生しない安全圏が維持できないから、領主達が折れたのも当然よね」


クロエの説明にセプトラが頷きながら補足を入れる。


「かくして、強大な権力を手に入れた教皇だが、ヘウルアが聖女になるとこの絶対的な支配にほころびが出てくるようにる。。


元々、四大都市と大差なかった聖都の面積は、ヘウルアが加護を起動してからは加護の領域内の面積が今までの10倍以上になった。おかげで聖都は今では他の都市が束になってもかなわないくらいの経済力や人口を誇るわけだが、教皇にとって計算外だったのは、ヘウルアという存在が聖女として。そしてそのヘウルアが異端に対して教皇と真逆のスタンスを取っていたことだ。」


「つまり本来虚弱であるはずの巫女や聖女の政治的な発言力が、自分の功罪とヘウルア様の希少価値によって反対勢力としては無視できないほどに膨れ上がっている、っと」


フロスタリアの発言に、クロエは大きく頷く。


「実際、聖都外縁部の貴族はすでにヘウルア様の陣営に鞍替えしている。未だに聖都内の情勢は教皇派が圧倒的に有利だが、南部都市のティージと西部都市のピスチルの

領主が今回の防衛計画の策定に賛同して、聖都外では情勢は五分に近い


…でだ。」


「前置きが長くなったが、ここからがお前達と関係が深い話だ


教皇はヘウルアとアレキスをくっつけることを考えた。二人は幼馴染だし、教会の名家と領主の家系でつり合いも悪くない。


だが、これが教皇が自分を黙らせるために取った策略だと考えたヘウルアは、『アレキスよりふさわしい人間が他にいる。』っといってアレキスとの婚儀を断ったわけだ」


ようやく話の流れが見えてきたところで、アーデンは若干嫌そうに自分の推測をクロエにぶつける。


「お前、その中央騎士隊の隊長より、俺の方が強いと思ってんのか?」

「いや?全く。両方と打ち合った身から言って、万の一にも敵わん」

「おいっ!」


真顔でそう言い放つクロエにアーデンは反射的に突っ込みを入れる。


「素の状態なら勝負にならんでもないかもしれんが、あいつの”同律調和”を受けたら防御すら出来ずに砂塵になるぞ。お前」



またもや出てきた知らない単語を反芻していると、フロスタリアが横から声をかけてくる。


「同律調和。わかりやすく言えば自身の因子を拡張した能力の第二段階。さっき見せただろう?」



フロスタリアが訓練場で放った一閃。「凍結。」という言葉とともに間合いに入ったガブリエルが勢いを殺されて静止したあの攻撃が、フロスタリアの同律調和だということだ。


「お前らを選んだのは、能力の素養的にアレキスに対抗しうると思ったからだ。


フロスタリアの『凍結』は、アレキスの『電光』も止められるだろうし、アーデンはまだ習得してないみたいだが、おそらく因子は『焼却』だろう。


私がフロイズに戻るまでの一週間でものにしろ。フロスタリア後は頼んだぞ」


「了解です」



クロエの指示にフロスタリアは敬礼で答えると、アーデンを引きずって部屋を出ていった。














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