番外編

番外編 クリスマスの過ごし方 1.巡る季節

キーボードを叩く手を止めて、私ー矢塚やつか七海ななみはモニターから視線を外す。そのまま机の片隅にある日付だけのシンプルな卓上カレンダーに視線をやると、24日に赤丸が付けられているのを見つける。今月は12月なので、その日はクリスマスイヴになる。


うちの会社はフリーアドレス制だから、誰がそれをつけたかはわからないけど、きっとその日に恋人と過ごすのが待ち遠しい誰かが印をつけたのだろう。


私はというと明確に約束をしているわけではないけれど、ほぼ間違いなくクリスマスイヴは同棲中の恋人と過ごすことになるだろう。


なんだけど、とそこまで考えて溜息を吐きだす。


昨年付き合い始めた藤木ふじき唯依ゆいとの始まりは最低最悪だったけれど、今は鞘に収まってしまったと言っていいんだろう。互いをパートナーとして認識するようになった。


私は元々べたべたする付き合いを好んでなかったけど、傍にいてもいい?、と上目遣いに唯依に強請られれば許してしまう。


唯依は派手な見た目に反して、少女のようないじらしさを持っている。それは計算している部分もあるだろうけど、唯依が私を好きすぎる所以の行動だとも知っている。


つい先日の私の誕生日会でも、唯依はそのことを母親の瑛梨さんに揶揄われて拗ねていた。


それはそれで可愛いな、と助け船を出すのが遅くなってしまったせいで、家に帰ってから唯依の不満は爆発した。


でも、唯依の機嫌は濃厚なキス一つで大抵治まる。


俗に言うバカップルであることには気づいているけど、いちゃいちゃしてるのはほぼ家の中で、誰に迷惑を掛けてるわけでもないので、文句を言われる筋合いはない。


それなのに24日を憂鬱に感じているのは、自分が去年のクリスマスを最悪なものにしてしまった過去があるからだった。あの頃の私は唯依を信じられなくて、イヴの日に体を繋いだ後、唯依に別れを切り出した。翌日唯依を実家に迎えに行って縒りは戻ったけど、私が唯依にしたことは消えるわけじゃない。


今更唯依がそれをぶり返して拗ねるなんてことはないだろうけど、どうすればその思い出を上書きできるかに悩んでいる。


年末年始は海外旅行に行くことになっているから、旅行に行ったり、ホテルに泊まる、は早々に候補から落としている。プレゼントは買うとして、後は何をすれば唯依に喜んでもらえるだろうか。


今月に入って、ずっとそれを考え続けているけど、いいプランは思いつかなかった。




悩み続けたままいい案が浮かばなくて、そうこうしてる間に瑛梨さんからの誘いがあって、イヴの夜はレストランで4人でディナーをするに決まってしまう。


瑛梨さんにパートナーである高間たかまゆかりと2人の方がいいのではないかと聞いたものの、「イヴの日は家族が揃うものでしょう?」の一言で、私たちはその誘いに応じることを決めた。


私と唯依だけだと恋人の延長線上の2人の世界しかないけど、瑛梨さんは私も含めて家族だと言ってくれる。それに、長い間かみ合わなかった唯依と瑛梨さんが、親子としていられる時間って今から取り返そうとしても取り返しきれるものじゃないから、こんな機会ぐらいは大事にしたかった。


問題はいつも見るからに高そうなお店に連れて行かれることだけど、唯依は瑛梨さんの遺産を受け取る気はなくて、瑛梨さんも唯依に残す気はない、とお互い言っていて、それなら今使い切ろうで合意してしまっているので、毎回ご相伴に預かっている。遠慮して私が参加しないようなら攫ってでも連れてくる、と瑛梨さんに言われているので、抵抗が無駄なことも知っている。


そんなわけで『正装で』と指定されたってことは、格式のある店なんだろうと想像しながら、イヴの日16時を過ぎてから私と唯依は出掛ける準備を始めた。


今日の正装については事前に唯依からリクエストがあった。それをゆかりに相談すると、幸い服を借りられたので、ゆかりに借りた服に袖を通す。フォーマルな格好だけど、これを私が着て浮かない? と気になって玄関横に備え付けられた鏡の前に立つ。


うーん。着られてはいるけど、唯依はこれに何を求めてるんだろうか、とじっと鏡に映った自分を見つめる。


まあ、唯依の反応が今イチなら、他の服に着替えればいいか、とリビングに戻ると、唯依も着替えを終えて寝室から出て来た所だった。


今日の唯依は白のカットソーに、白と黒のストライプルのロングスカート。唯依はそこまで背は高くないので、モデルに比べれば劣るだろうけど、小顔でスタイルが良いことには違いない。


肩まで伸びていた髪は頭の後ろで一つに纏められていて、項から醸し出す色気につい誘惑されそうになる。


唯依は元々の可愛さに加えて、最近は大人の色気が深まったと私は感じている。


惚れた弱みじゃなくて、これは客観的な意見だ。現に左の薬指に指輪をしてようが、男性には声を掛けられまくっている。


「七海、何なのこれ!? 押し倒していい??」


私を見るなり胸に抱きついてきた唯依は、相変わらずの肉食っぷりな発言だった。


「何って、唯依のリクエストに従っただけだよ?」


七海のリクエストは執事みたいな格好をして、だった。普段着ているスーツではそれらしさが出なかったので、ゆかりに男性ものを仕立て直したというロングテールコートを借りた。


「どうしよう。かっこいい。このまま飾っておきたい!!」


「私がかっこいい??」


ゆかりは、ゆかりを見る為にバーに通ってるってお客さんもいるくらいの格好良さだけど、私は今までそんな風にもてたこともない。まあ、年上しか相手にしてこなかったのは私だけど。


「七海自覚なさすぎ。クールな七海がこんな格好すると、背筋がぞわぞわってして、それだけで感じちゃった。していい?」


私の首筋に抱きついて強請る唯依の魅力に呑まれそうになるけど、


「もう出掛けないといけないんだから、今は駄目だよ」


「えー、いいじゃない。ちょっとだけ」


「ちょっとじゃすまないでしょ。帰ってからね」


不満げな唯依の腕を解かせて、唯依を置いて玄関に向かう。


「七海〜 待って〜」


唯依が小走りに後を追ってきて、何とか危機は脱せたと家を出た。親しい仲とは言っても、流石にドタキャンは失礼だ。



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今年のクリスマスは久々にこの2人を書いてみました。

2、3話でさくっと終わる予定ですが、クリスマスまでに終わらせられるかな……

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