第18話 年末年始

「七海って年末年始実家に帰るの?」


12月に入ってからほぼ会話がない状態だったこともあって、唯依が年末年始の予定を聞いて来たのは仕事納めも迫った28日のことだった。


「今年は帰らないって言ってあるよ」


それだけで唯依は人を魅了しかねない笑顔を見せる。


そんなに嬉しさを前面に出されてしまうと私が困る。


「じゃあずっと一緒にいられるってことなんだ」


私の腕に抱きついてきた唯依は、らしさを取り戻しつつある。思い悩む唯依も新たな魅力はあったけど、やっぱりアクティブでちょっと我が儘な唯依の方が唯依らしくていい。


「唯依は帰らないの?」


「あの人たち30日から海外だから」


それは初耳だったけど、どうやら毎年恒例のことらしい。


「唯依はついて行かないんだ」


「行くわけないでしょ。いつも高級リゾート地で、部屋から出る気なんかありませんって所ばかりなんだから」


それは確かに唯依がついて行きたい場所でないことは納得できた。


「じゃあもうちょっと早かったら、旅館でも取ってゆっくりできたのにね」


流石に今から予約しても年末年始のめぼしい宿なんか埋まっているだろう。


「七海って車の運転できるの?」


「車がないと移動できないって田舎出身だから、18になって免許はすぐに取ってるよ。今も実家に帰った時とか、たまにレンタカー借りたりするから一応できる程度だけど」


その返事に唯依がスマホを手にして操作を始める。

「レンタカー借りるにしても、もう埋まっちゃってるでしょ。まあ、家でのんびりして初詣にちょろっと行くでもいいんじゃない?」


唯依と私の年末年始の休みは重なっていて、こんなに長く唯依と時間を過ごすことは初めてだった。


仲直りしておいて良かったとは思うものの、二人でいて何をしようかと悩む所はある。出かけるにしても年末年始はどうしても人出があるからできる限り混む場所は避けたい。


だからってずっとベッドの中も普通に填まりそうで危険な気がした。


「31日から2泊で宿取れたから」


唯依のスマホに着信があった後、相変わらず私の腕にくっついてる唯依が首を伸ばして来る。


「どうやって取ったの?」


「あの人に取れないか聞いただけ」


瑛梨さんのコネなら確かに有り得なくない。でも、唯依が母親に頼ったことが意外だった。


「だって、七海と旅行に行きたかったから」


はいはいと、唯依を抱き寄せて唇にキスをすると、唯依からもキスが返ってくる。


今まではベッド以外でここまでべたべたすることはほとんどしなかったので、ちょっと照れはある。でも、そのせいか最近唯依の機嫌は毎日いい。


「車はあの人のを借りればいいから」


唯依は好きじゃない母親でも利用できるものは利用する主義らしい。


「借りればいいって、瑛梨さん高そうな外車乗ってなかった? 私の下手な運転でぶつけたら悪いよ」


「保険入ってるから七海がそういうこと気にしなくていいの」


どこまでも自己中心的な恋人の言いっぷりにそれ以上の反論は止めにする。


どうであれ私と旅行をしたくて、唯依が頑張って母親と交渉をしたのであれば、それはそれで大きな進歩かもしれなかった。





唯依の手配で30日の朝、瑛梨さんとゆかりの出発前に唯依の実家に行って車を借りた後、そのまま慣らし目的で二人を空港まで送るで話が纏まっていた。


朝、唯依と二人で電車で唯依の実家に向かう。

昨日が私も唯依も仕事納めだったこともあって、時間という歯止めがなかったせいで昨晩は調子に乗ってしまって、かなり眠さはあった。

それは唯依も同じで、電車で肩を寄せ合って眠りながら移動した。


瑛梨さんは以前乗せてもらったセダンタイプの外車と、もう一台SUVタイプの外車を所有していて、駐車場でどっちがいいかを無邪気に聞かれたものの、私はどっちも絶対に自分では買えなさそうな値段の気がしてうなり声を上げる。


それを遮って決めたのは唯依で、結局SUVの方を借りることになった。


空港までに乗り方を教えるからと助手席に座ったのはゆかりで、瑛梨さんの車とは言ってもほとんどゆかりが運転しているらしい。


今日のゆかりはメイクもほぼしていない状態で、ぱっと見は女性に見えない中性的な格好だった。バーにいる時よりも格好良くて、聞かなくても旅路でいちゃいちゃしたいという瑛梨さんの意向であることは知れた。


そういえば、ゆかりが瑛梨さんを好きな理由って聞いたことがなかった。今まで聞きたくなかったのもあるけど、私を捨ててでも瑛梨さんを選んだのは、それだけ瑛梨さんを愛している理由があるはずだった。


旅行から二人が帰ってきたらこっそり聞いてみよう。


ゆかりから車の動かし方をさっとレクチャーを受けて、緊張気味に私は車を発進させる。


「七海、ウィンカーだけ左右逆だから注意して。左側」


口元を一直線にして集中しながら、慎重にゆかりの言葉に従う。何とかゆかりのナビで高速に出て、少し余裕が出てくる。


「七海ちゃんって慣れるの早いわね」


後部座席に唯依と並んで座っている瑛梨さんから声が掛かる。


「そんなことないです。今も緊張してます」


それだけの言葉を返すのが精一杯で、慎重にアクセルを踏む。


「唯依に比べると全然上手よ」


「唯依も免許持ってるの?」


「…………持ってるけど、運転はもうしないから」


それにゆかりが鼻先で笑って、どうやらその理由を知っているらしい。


「正面から壁にぶつかるなんて、どうやったらできるのかしらねぇ」


「アクセルとブレーキを間違えただけ、だから」


瑛梨さんの言葉に、唯依の反論が出たけど、アクセルとブレーキを間違うのは流石にない。


「七海ちゃん、唯依はもう既に一台廃車にしてるから、唯依に運転させるはお勧めしないわ」


わかりました、と頷いたものの、瑛梨さんとゆかりを下ろしてからの帰り道に助手席に移ってきた唯依にそのことを確かめる。


「さっきの事故った話って本当?」


「うん」


「怪我はしなかった?」


「車は潰れたけど、ちょっと体が痛くなったくらいで済んだから」


「なら良かった」


「ごめんなさい。運転交代できなくて」


「それはいいけど、私だって安心して乗ってられるって腕じゃないからね」


「七海なら大丈夫」


根拠のない言葉を吐く唯依に困らせられている部分はあるものの、唯依が運転するよりはましなはずだった。

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