第9話 母と娘

叶海と別れた後、有無を言わさず私は唯依に手を引かれて、唯依の実家に向かうことになった。


唯依の母親の本業は会社を経営していると聞いてはいたけど、それに相応しくというべきか、タワーマンションの高層階用エレベータに迷いもなく唯依は乗り込んで行く。


「唯依って実はお嬢様?」


「そんな風に見える?」


「服装さえ、もうちょっと上品にしたら見えなくもないかな」


「少しお金があるだけで、別にそんな教育もされてないから」


「そうなんだ」


唯依について部屋に入って行くと、広いリビングには一人で夕食を取りながらワインを傾けている存在がいた。


唯依に似ているけど、相変わらず大人の魅力たっぷりの美人だ。


「珍しいわね、唯依が帰ってくるなんて。七海ちゃんも一緒なんだ。こんばんわ」


微笑まれて、私は頭を下げる。


家でも無駄にフェロモンが出続けていて、ほんとにこの人は危険だなと思いながらも、もしかして唯依も将来こうなるのかと少し不安になる。


「瑛梨……お母さん。わたし、七海とつき合い始めました。今回は本気で、ずっと続けたいと思っているから」


「そう。その割りに七海ちゃんの目が点になっているけど」


くすくすと笑われても、唯依のずっと続けたいと言う言葉が理解できなかった。順序があると言ったけど、私は正直に言って唯依との関係をまだ受け入れられていない。


「いいの。七海はこれからわたしがたっぷり時間を掛けてわたししか見ないようにするんだから」


「そんな女の顔をするようになったのね、あなたも。好きにしたらいいわよ。もういい年なんだから、いい加減出て行ってくれればワタシは何も言わないから。せいぜい愛想尽かされないように頑張ればいいんじゃない?」


「言われなくてもそうするから」


「見た目の可愛さしかないあなたが、どこまでできるのか楽しみね」


親子の会話じゃないよな、と思いながら、そのままゆかりが帰ってくるまでつき合ってと瑛梨さんに微笑まれて、飲みにつき合うことになる。


「七海ちゃん、いろいろ面倒な子だけど、任せてもいいかしら?」


ついでに私の部屋に持って行くものを纏めると、唯依が自室に向かったタイミングで、瑛梨さんから出た言葉は母親としてのものだった。

普段は軽口を叩いていても、この人は母親としての自覚はあって、上手くいっているとは言えないけど唯依の幸せを願っているには違いなかった。


「どうなるかは自信がないですけど、私も唯依に大分慣れたので、前向きに考えては行こうと思っています」


「あの時誘いに乗ってくれていたら、絶対落とせた自信あるんだけどな、七海ちゃん」


「えっ……?」


「ゆかりが可愛いって言ってたから、3Pしても良かったのに」


唯依とこの人は確実に同じ血を引く存在だ、と肩を竦めていると唯依が戻ってくる。


「何の話をしてたの?」


「折角だから今度二人で飲みましょうって誘ってたの」


「駄目。絶対駄目。七海はわたしのなんだから」


まさか唯依がそこまで否定するとは思わなかった。


「前に私を瑛梨さんに紹介したくせに」


「今はわたしの彼女なんだから駄目」


「唯依、そんな言葉は自分に惹きつけておくことができない女が言う言葉よ。魅力があるなら、浮気なんてされないんじゃない?」


瑛梨さんの挑発にまんまと放った唯依は、ほっぺたを膨らませて拗ねている。瑛梨さんの言葉は言うのは易いが、実行することは難しい。


「わかったから、唯依も拗ねない」





帰りは瑛梨さんの手配してくれたタクシーで、当然のように二人で私の家に帰った。1Rの私の部屋は唯依の家に比べればリビングよりも更に小さい。


「七海、あの人にもちゃんと言ったから、一緒に住んでもいい?」


「もう一緒に住んでるみたいなものじゃないの?」


既に唯依は私の家に入り浸っている状態で、私はまたかとそれほど気にもしなくなっていた。


「そうだけど……」


「唯依は家にいたくないの?」


「あの家はあの人の家だから」


「じゃあ唯依は私といて唯依の帰る場所を作れるの?」


「作りたい」


ぎゅっと腰に抱きつかれて、いつもは生意気なことばかり言ってるくせに、こんな時だけ素直なのは反則だと思う。


「七海が好き。七海とずっと一緒にいたい」


「浮気したら、即、瑛梨さんのものになるからね、私」


そう釘を刺してから私は一緒に住むことを承諾した。


唯依のことは嫌いじゃないくらいにはなっている。


好きかって聞かれたらまだ微妙だけど、ゆかりの影をずっと追っている私が変われるとしたら、唯依とな気がしていた。

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