第24話 アリシアの告白1
「こんにちは。アリシア・レヴィン様」
藍華が話しかけるとチョコレート専門店を興味深そうに眺めていたボンネット姿の少女は「ひゃっ」と可愛らしく息をのんだ。それからすぐに藍華の顔をまじまじと見て「聖女様」と呟いた。
藍華は「シィィ」と人差し指を口許に持ってきた。アリシアは心得たように顎を引いた。
先ほど二階から通りを眺めたとき、見覚えのあるお仕着せ姿の女性を見つけたのだ。どこで見たのだろうと首をひねって思い出した。武闘大会のときアリシア・レヴィンの隣に付き添っていた女性と同じ服装だったし、その顔にも見覚えがあった。
「チョコレートに興味あるのですか?」
「はい。最近王妃様のお気に入りなのだとか。聖女様のお国のお菓子なのですよね?」
「そうです。あ、わたしのことはアイカって呼んでください。アイカ・ミナミが本名です」
「名前で呼ぶことを許してくださるだなんて、お優しいのですね。わたくしのこともアリシアで構いませんわ、アイカ様」
「ちょっと待っていてください」
藍華は素早く店内に戻り関係者特権で店長に話をつけアーモンドチョコと板チョコレートとトリュフチョコレートをバスケットに入れてもらう。代金はあとで払う所存だ。
「よければ一緒にチョコレート食べませんか?」
「よろしいんですの?」
藍華は勢いよく頷き、二人は広場に向かった。広場は多くの人で賑わっていた。この辺りは治安がいいと聞いている。実際、女性たちだけで歩いている集団もちらほらある。
広場の中央には石像が設えらえてあり、その周囲を石段が取り囲んでいる。二人は他の人に倣い、石段に腰を落とした。
「お誘いしたあとに言うのも何なのですが、外に連れ出してしまってすみません。店の中だと、その……」
できればクレイドには知られたくなくて広場まで連れてきてしまった挙句に石段に直に座らせてしまった。今更ながらに貴族のご令嬢になんてことをさせているのだと猛省である。
「わたくし、もうすぐお嫁に行きますの。だから、こうして冒険ができるのは今のうちだけですわ。だから楽しいです」
アリシアは天使のような慈悲の持ち主だった。藍華はホッと息を吐いた。
藍華はまずチョコレートを彼女に手渡した。トリュフチョコレートを口の中に入れた彼女は目を見開いた。
「おいしい……。口の中で溶けていくなんて不思議。それに、この甘さは後を引きますわ」
「こっちも美味しいですよ」
続けてアーモンドチョコを進めてみる。すると「チョコレートは木の実にも合うんですね」と興味深そうにいくつか口の中に運んでいく。
「夏場はアイスクリームにしてもおいしいです。チョコチップを入れたり、チョコソースをかけたり」
「それはおいしそうですわ!」
二人はしばしスィーツ談議に花を咲かせる。ベレイナにはアイスクリームがあるのだと最近教えてもらった。魔法石を使ったアイスクリーム製造機があって常備しているお金持ちの家も多いのだそうだ。
お屋敷の料理人との世間話の一環でそのことを知った藍華の感激ぶりに、いつの間にやらアイスクリームがおやつとして供されることになった。
アリシアに請われるまま藍華は日本のスィーツについて語った。最近は味はもちろんのこと見た目にこだわるのが流行りだと言うと「確かに見た目が可愛らしいと、お茶会などで喜ばれますわね」と頷いた。
「あの。アリシア様に伺いたいことがあるんです」
藍華がタイミングを見計らって真面目な声を出すと、アリシアはその顔からあらかた意図を察したのだろう顔から笑みを消し去った。
「武闘大会の日、アリシア様の話したことを教えて欲しいんです。クレイドさん……いえ、殿下は呪われていたんですか? そしてそれをわたしが治したんですか?」
藍華は彼女にだけ聞こえるような音量で尋ねた。
「少し……歩きましょうか」
アリシアが立ち上がったため、藍華も彼女の横に並んだ。ゆっくりと歩き出し王都を流れる運河沿いにたどり着く。
「わたくしは……懺悔をしたいのですわ」
アリシアはそんなふうに切り出した。
「わたくしは婚約者候補だったとある紳士に、酷い行いをしてしまったのです」
固有名詞を出さずに彼女は昔話を始めた。由緒正しい家柄の真摯は武と魔法に優れていたこと。自分はそんな彼の婚約者候補に選ばれ、何度か茶会の席を一緒にしたこと。複数人が同席するその場で、その紳士は常にみんなを気遣い誰かを贔屓するでもなく平等に接していたこと。
そして、ある日その彼が任務に赴いた。
「黒竜の討伐は熾烈を極めたと聞きましたわ。黒竜はわたくしの婚約者候補だった紳士に魔法の呪いをかけたのです。それは死に至らしめる刻印だそうです。人の魔力では到底太刀打ちできない、直す術のないものです。わたくしを含めた婚約者候補の家に、この事実がもたらされ、今後別の縁を探すよう使者の方はおっしゃられましたわ」
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