第19話 武闘大会
武闘大会当日は雲一つない晴天だった。
この国には梅雨はないらしい。春からずっとからりとした気持ちのよい気候が続いている。毎年湿気と雨に憂鬱になっていた日本人からすると梅雨のない国はこんなにもいいものなのか。ただ難点として、日中の日差しの強さが挙げられるのだが。
武闘大会の会場はツェーリエの円形闘技場で行われる。大きな広場に面しており、見物客で大変に賑わっている。露店がいくつも立っているため、お祭りのようだ。
今日はリタと一緒に見学しようと約束をしてあった。
「ツェーリエ市民にとっては、単なるお祭りよ。毎年王家から肉と酒が提供されるの。あとお菓子も。タダだから朝早くから並ぶんだよね」
「へぇ、すごいんだね。なんだかお祭りみたいでわくわくする」
「アイカの国でも武闘大会があったの?」
「いや、武闘大会はなかったけど、スポーツの試合とかはあったよ。それにお祭りも。にぎやかな場所って楽しいよね」
円形闘技場の周囲は大きな広場になっていて、そこかしこから肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。豚や羊の丸焼きというのがいかにも、である。すでに無料のぶどう酒でよっぱらった人々が陽気に騒いでいる。
「お菓子は子どものみなんだよね~」
「それは残念。食べてみたかったな」
「アイカはいつもチョコレート菓子たくさん食べているじゃん」
「う……それはそうだけど」
藍華はごにょごにょと呟いた。お菓子と聞くと興味がわいてしまうのは女子の性というものではないだろうか。
「丸焼きはすごい行列だね。並んでいたら試合の時間に遅れちゃう」
「タダだからね」
二人は別の店で買い食いをすることに決めた。こういうときの定番は肉料理らしい。色々なところから香ばしい匂いが漂ってきて、藍華の胃がくぅっと刺激される。選んだのは、ハーブを散らしてじっくり焼かれた鶏肉を大きな包丁で豪快に砕きパンにはさんだもの。
「ううう、おいしいよう」
焼きたてジューシーで、パンと一緒に食べることを見越してか塩でしっかり味付けされている。鶏肉から出た肉汁と油をパンが吸っているため、旨味を余すところなく食べられる。そして作り立てというのは何にも勝る調味料だ。
「わかる。おいしいねえ」
「ねー」
二人は意見を合わせたあと笑いあった。あっという間に完食してしまい、広場の賑やかさを堪能した藍華たちは本日のメインである大会鑑賞へ向かう。
闘技場内は貴族階級と市民階級で見学場所が分けられている。貴族階級専用とはいっても、そこはグレーな部分も存在する。
「一部のお金持ちは貴族位を持っていなくても入れるよ。顔パスってやつだね」
ちなみに藍華はクレイドという後ろ盾があるため、貴族スペースでの見学が許されている。というかお屋敷の執事サークウェルが闘技場の指定された入口で待ち構えていて問答無用で専用観覧場所へ連れて来られてしまった。
ガイドブックなどで見たことのあるような円形闘技場は藍華が生まれるよりもずっと昔に建築されたもので、当然のことながら一部が壊れていたり風化していた。しかし、今いるこの闘技場は現役バリバリである。
三百六十度石材を利用した高い壁に囲まれたその姿は圧巻だ。階段席を下った中央にアリーナが設けられている。階段席は片側半分で、残り半分はオペラ座のボックス席の用のように壁で仕切られている。こちらが貴族席というわけだ。雨風しのげるつくりである。
「ここだと選手の控えのスペースも近いし、すごいね。わたしまで一緒に入れてラッキー」
最初こそビクついていたリタだったが、早々に楽しむことに決めたらしい。
藍華も彼女を見習うことにした。それに、すでに試合は始まっていたのだ。サークウェルが分かりやすく解説をしてくれるおかげで試合に置いて行かれずに済む。
まずは魔法なし部門がトーナメント方式で行われ、次が魔法ありの試合とのこと。
刃は潰してあるとはいっても、ガチの剣技は当たれば痛そうだし、見ていて怖いものがある。観客の声援の色から察するに、どうも娯楽の一部として親しまれているらしい。
(歴史の授業でも習ったっけ。決闘とかは娯楽の一種だったって)
試合は順調に進み、次はいよいよ魔法剣士部門だ。試合を待ち望む観客の声が一段と大きくなる。
「魔法騎士の方が人気なんだねえ」
「そりゃあ、迫力が違うもの」
リタもわくわくした顔つきだ。
「魔法騎士の試合では、使用できる魔法の数に制限があります。それぞれ三回までございます」
「なるほど。数は誰かが数えているんですか?」
「運営の方で魔力感知魔法に長けた魔法使いがきちんと監視しております。参加騎士は皆正々堂々不正のない試合に臨むと信じておりますが、残念なことに過去には魔法道具の不正使用の事例もありました。不正対策も兼ねて複数人数で監視しております」
なるほど、ドーピング対策もばっちりということか。
「だからどこでどんな魔法を使うかっていうのも戦略の一つな訳よ。観客からしたら、派手な魔法を使ってくれる方が楽しいんだけどね」
「土魔法属性でしたら、相手の足元を崩すなどという技が有効ですねえ」
「土と水属性の騎士だったらドロッドロの底なし沼みたいなのを作ったこともあったわね」
二人の話を聞きつつ、藍華は前方に視線を向ける。すでに試合は始まっている。
最初からド派手な魔法合戦というわけでもなく、剣技で相手の出方を探って、ここぞというときに魔法を使うらしい。ちなみに結界魔法は共通魔法だそうで、これが一番試合中に使われるとのこと。しかし、三回までしか魔法が使えないため使いどころも作戦なのだそうだ。
試合が進むにつれ、観客の声援が大きくなっていく。
藍華は目の前で繰り広げられる魔法の実技に釘付けになった。魔法の練習をしていても、今一つイメージできなかったが、目で見ることで学ぶこともたくさんあるのだと、真面目に考える。
試合は一度休憩時間を挟み、その後も順調に数をこなし、やがて優勝者が決定した。
次はいよいよ団長クラスによるパフォーマンス兼御前試合だ。これに関しては魔法の使用回数に制限はないとのこと。
それぞれ得意とする魔法を披露する意味合いが強いらしく、ショー的な格闘技イベントに似ているのかもしれない、とサークウェルたちの会話を聞きながら思った。
それはまさに圧巻の一言だった。
クレイドの対戦相手は近衛騎士隊の隊長とのこと。
炎と水の魔法対決は、まるでどこかのモンスターゲームバトルのようでもある。
クレイドが機関銃のように炎の弾を何十個も生み出し、相手に向けて発射すると、近衛騎士隊長は冷静にそれらすべてを氷で覆いつくした。
「いつ見ても、あの冷静な魔法捌き怖すぎでしょ……」
リタのつぶやきに藍華もこくこくと頷いた。どれだけ魔法制御力に長けているのだ。しかも炎の弾は動いているのである。
だが、クレイドも負けてはいない。力技とばかりに次から次へと炎の弾を生み出し、相手に向けて繰り出したかと思ったら、アリーナの床一面に炎と雷を呼び出すのだ。
(え、ちょっと待って。これってガチの試合じゃなくてパフォーマンスなんだよね? え、そうだよね?)
思わず確認したくなるほど、両者ともに大迫力の魔法技ばかり繰り出していく。
近衛騎士隊長がお返しとばかりに氷の刃を空中に生み出し、クレイド目掛けて一斉に落とす。先端の尖りがえげつない。本気度がうかがえるというものだ。
だが、クレイドは顔色一つ変えずにそれらを雷の魔法で薙ぎ払う。
パリンと氷が砕け、それは粒となりクレイドから視界を奪うように白くなっていく。
しかし、それをクレイドの炎が焼き払う。
これ、決着つかないのでは? と心臓をバクバクさせながら心配し始めていると、大きな太鼓の音が響いた。
二人はあっさりと魔法を解呪して後ろへ飛びずさった。
「そこまで!」
審判員の声と共に、互いに歩み寄り手を握り合う。
藍華は詰めていた息をふぅっと吐き出した。久しぶりに新鮮な空気を肺に取り込んだかのような錯覚を覚えた。知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていたらしい。
二人は国王に向かって礼をしている。それが終わると観客たちに向けて手を振り始める。
歓声がひときわ大きくなった。
クレイドが体の向きをゆっくりと変えていく。少しずつ藍華たちの座席に向けて手を振り、それはまるでアイドルのコンサートのようでもあり、つい同じように手を動かしてみる。
それは突然に起こった。十数メートルは離れているはずのクレイドと目が合ったような気がして、しかも彼が「アイカ」と口を動かしたように感じたのだ。
(え、えぇ⁉)
「だーんちょーう!」
動揺する隣でリタが両手を高く上げ、ぶんぶんと左右に振っている。クレイドは少し苦笑しつつ、それに応えている。
「アイカももっと手を振らないと」
「え、あ、うん」
藍華は先ほどよりも少し大きく手を振った。目と目が合ったように感じたのも、きっと錯覚だろう。うん、きっとそう。じゃないと胸がバクバクして再び呼吸が浅くなってしまいそう。あんな、少年のような笑顔は反則だ。
きっと、試合直後で高揚しているだけなのだ。うん、絶対にそうだ。藍華は自分にそう言い聞かせた。
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