第9話 チーム・チョコレート
どうやらこの世界ではカカオ豆はポーションの材料として流通しているらしい。
歓迎のあまりうれし涙を浮かべた藍華の当面の目標が定まった。
「わたし、チョコレートを作ります!」
そう、これである。
原材料が手に入ったのだから、作ればいいのだ。作れば。自分の中にあるチョコレート知識を最大限活用して、チョコレートを再現してみせましょう! 目標が見つかれば俄然元気になった藍華である。
藍華が高らかに宣言するとクレイドは穏やかに頷いてくれた。曰く「アイカに楽しみができるのはいいことだ」とのこと。それから、チョコレートにも興味を持ったらしい。
藍華がチョコレートの素晴らしさを語りつくしたからかもしれない。
とはいえ、チョコレートを作るにはたくさんの工程が必要だ。まずはカカオ豆を焙煎して粉砕しなければならない。
「ポーションづくりに必要だからってことで乾燥ずみのカカオ豆が流通しているところまではよかった。あとはこれを焙煎して、粉砕してカカオニブを選り分けて……。あとすりつぶさないと。たぶん、ここが一番大変だよね。この世界にはメランジャーがないだろうし」
騎士団の休憩時間も、この数日はずっとチョコレート作りのことで頭がいっぱいだ。
チョコレート作りは手間暇がかかるのだ。ワークショップに参加して、藍華は改めてチョコレート作りの奥深さを知った。こだわればこだわるほどに、口当たりが滑らかなチョコレートができあがる。工程を知り、余計にショコラティエへの尊敬の念が深まった。
「でも、材料と道具さえあれば、家でも作れるのがチョコレートのいいところ」
そう、実は家庭でも作ろうと思えば作れるのだ。カカオ豆とグラインダーがあれば、あとは家庭にある道具で何とかなるのである。
「アイカ、最近難しい顔していることが多いけど、お休みの日に何かあった?」
「リタさん」
「もう、リタでいいって言っているのに」
「すみません。ちょっと、考え事をしていたんです。実は、こちらの世界でもカカオ豆があることが判明して。嬉しくて買ったのはいいんですけど、そのあとのことが問題で。チョコレートを作るための機材をどうしたものかと」
「ん? カカオ豆? チョコレート? なにそれ」
「カカオ豆というのは――」
藍華はリタ相手にカカオ豆に関するあれやこれと、チョコレートというお菓子について説明した。好きなものならいくらでも語れる。熱弁をふるう藍華にリタは「よほどそのチョコレートっていう食べ物が好きなんだね」と乾燥を言った。
「チョコレートは奥が深いんですよ! ピエール様やアルノー様、フレデリック様など、偉大な巨匠も多くてですね。毎年彼らの新作を食べることを何よりも楽しみに生きていたんです。推しのチョコレートを食べる幸せ。尊い。ああ幸せ」
「ふうん。ピエールにアルノーにフレデリックねえ……」
上から男性の声が降ってきた。
「うわっ! クレイドさん」
「団長!」
顔を上に向けると、眉間に眉を寄せたクレイドが二人を見下ろしていた。
「すみません、私語は慎みます!」
「いや、今は休憩中だろう」
慌てて謝罪するとクレイドの眉間から皺が取れた。だが、声は少しだけ硬いままだ。
「アイカはその男たちが作っていたチョコレートが大好きだったのか?」
「もちろん! 皆さん神様と等しき存在……。とにかく美味しすぎて誰が一番かなんて選べないほど素晴らしく」
「ふうん」
世界的に有名なショコラティエたちの名前を順番に上げていく。ちなみにピエール様はメジャーな名前のため推しだけでも複数人存在する。
うっとり愛しのチョコレートたちを思浮かべた藍華に反比例するかのように、クレイドが目を眇めた。それを間近で見たリタの方が背筋を震わせた。
「そのチョコレートをアイカは再現したいんでしょ? 材料とか道具ならわたし協力するよ。アイカがこんなにも嬉しそうな顔をしてまくしたてるんだから、興味あるわ」
クレイドの不穏な空気を察したリタが話を元に戻した。先ほどまでチョコレート作りについて悩んでいたことを藍華は思い出した。
「え、いいんですか?」
「わたしの実家、商会を経営しているのよ。一応、ベレイナでも五番目くらいには大きいのよ。まあ……万年五番目ですけどね。三大商会には入れませんけれどね……」
ハハハと、リタは後半自虐気味に半笑いを浮かべる。
「だからアイカが欲しいものなら手に入るかも。こういう道具が欲しいって言ってくれればどうにかするよ」
「ありがとうございます! 実は、チョコレート作りには色々と必要なものがあって。あ、ちょっと待ってくださいね。今書きます」
藍華は立ち上がり、紙とペンを持って来た。道具については話をするよりも絵で描いた方が分かりやすそうだとの判断からだ。それをリタとクレイドが興味深そうにのぞき込む。
藍華は二人に絵で描いたものを説明していく。
「なるほど、焙煎か。これならオーブンでできるだろう。温度調整は料理人の領分だな」
「粉砕した豆と砂糖を一緒にすりつぶす道具が必要なわけね。魔法石を用いた道具を設計してもらえばなんとかなるかもしれないわね」
クレイドとリタがそれぞれ口に出す。
「よし、アイカのチョコレート作りを私たちでサポートしよう」
クレイドのその一言で、チームチョコレートが誕生したのだった。
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