第4話 弱小冒険者の寄り道店舗は魔王を切り裂く剣となる。その三
「いらっしゃーい。あら? あんた、ヨルクだっけ? 昨日の今日でどうしたんだい?」
「ええ、まあ、そのー。タハハっ」
髪をぽりぽりと掻き、気まずそうな笑顔を浮かべる。
結局、日が昇り宿を出るとその足でミルクさんの店に来てしまった。用件は『猫まっしぐら』である。少量であれば安く譲ってくれないかとお願いに来たのだ。
まあ、お願いする相手を間違っているのではと言われればその通りなのだが、ダメ元である。
「『猫まっしぐら』? 今は品切れだね。というよりはあれは偶然手に入れたようなもんだから今後入る予定はないよ?」
「え!? ……そ、そうなんですか。そうですか……ではまた来ます」
しょうがない今回のクエストあきらめて別の人に譲るしかないか。
「あっ、ちょっとちょっとお待ちよ。ちょうど良かったあんたに預かり物があったんだよ。いいところに来てくれたよ。あんたがどこに住んでいるのか知らないからさ。まあゴードンも来たときでいいって言ってたけど、しばらく置いてたらあたし売っぱらっちゃうからさ。これゴードンから預かった手紙と、はいこれ持っていきな、ほい」
そういってミルクさんは僕に一通の手紙を差し出してきた。そしてカウンターに布でくるまれた何か長細い物をごとりと置く。
とりあえず手紙を開いてみる――スランプという牢に囚われた私を救ってくれてどうもありがとう。あなたが教えてくれた魔法屋の魔法、エレメントリングのおかげで今は耳もよく聞こえ目もよく見えます。私は今までよりももっと彼らの声を聞いてもっと高みに昇り詰めることができるでしょう。これは昨夜、銅を打ち生まれ出てくれた命です。間違いなく私の最高傑作でしょう。よければあなたのお供として同行させてもらえば幸いです。
(牢に囚われた? どっかで最近聞いたフレーズのような……、いやそれよりも)
「ゴードンさんてドワーフの方ですよね?」
「そうだよ?」
「にしては随分、丁寧な方ですね。ドワーフってもっと豪快なイメージがあるんですけど」
「まあ、否定はしないよ。ドワーフにはめずらしく眼鏡なんかかけてるし。学者タイプなんだろ? ほれ、とりあえずこれゴードンから貰ってあげなよ。そこそこ有名な鍛冶師らしいし、武器一つないあんたにゃ丁度いいだろ」
ミルクさんは肩を竦め、その布で撒かれた物を指す。
学者タイプのドワーフで鍛冶師ってなんだよ。
とにもかくにも僕はそれを手に取る。ずっしりと重い。銅で打ったって言ってた。つまりは――
布を取り払う。
「なっ、これ。すごい――」
●●●
「はい。じゃあこれ地下下水道のマップね。気をつけてくだいね。ただでさえどんくさいんだからヨルクさんは」
アリシャは大丈夫ですか? と眼鏡の奥の瞳でこちらを探るように見てくる。
ふっふっふ。今までのぼくではないことに気づいていないようだアリシャくんは。
「ようヨルク。猫は見つかったか? まあ武器もないお前じゃ下水道にはおりれねーか。まあなまじ武器があったとしても難しいかもしれないけどな。あっ、アリシャこのクエスト達成な……ん?」
「ふっふっふっふ。ハリス君? 誰に向かっての言葉なのかな? それは。ん? ほれ? これ? ん?」
僕は腰に下げた一振りの剣をこれ見よがしに腰を振り、アピールする。
ハリスとアリシャ目を見張る。
「おわっ。ヨルクいつの間に? まさか悪徳金貸しに金借りて買ったのか?」
「なんでだよっ! これは貰ったんだ」
僕は鞘から剣を抜き放つ。それは銅の剣であった。でもただの銅の剣じゃない。
「ぬううおおおっ。これ、ほんとに銅の剣か? なんか輝いてないか?」
そう僕の持つ銅の剣は微量な光彩を放っているのだ。それだけでこの剣はただの銅の剣ではないことがわかる。ただならぬ力を感じるのだ。
実際に酒場のマルベルに頼み込んで食材を切ってみたのだが、恐ろしいほどの切れ味でそんじょそこらの鋼の剣など比較にならない切れ味だった。酒場のマスターにその剣を打った鍛冶師を紹介してくれと頼み込まれたほどだ。
そうこの銅の剣は、昨日ミルクさんの店先で見かけたドワーフのゴードンさんが打った品であった。どうやらゴードンさんはスランプから抜け出すことができ、そのお礼だということだった。
なぜ自分にお礼を? 聞くと、僕が教えた魔法屋のおかげらしい。
手紙にはエレメントリングという魔法がスランプから抜け出させてくれたと書いてあったが。僕は鍛冶のことはさっぱりだったのでどう役にたったのかよく分からなかった。ただせっかくくれるということなのでありがたく頂くことにした。
とにもかくにもこんな僕でもこの銅の剣があれば大ネズミに負けはしない。
ハリスに教えてもらったミーコちゃんの目撃情報を地下下水道のマップに記しをつけ、いざ囚われしミーコ姫の救出に赴かん。
「よーし、やるぞー!」
「ヨルクさんがんばってー」
「いいなー。その銅の剣の鍛冶師教えてくれよー。俺も欲しい」
混沌街のある路地にある地下水道の入口。情報によればこの辺の地下水道でミーコちゃんの目撃情報があった。蓋を開き、梯子を下る。
降りると流れる下水に鼻を歪め、不気味な足音と鳴き声に空気が張りつめていく。
暗闇にカンテラを翳すと、キイキイとさっそくおいでなすった大ネズミが顔をだす。白く濁った眼球には何も映しだされていない。大ネズミは匂いで獲物の居場所を探る。
鼻をひくひくとさせ、眼球が僕を向く。
どうやら僕という獲物を見つけたようだ。
すらりと銅の剣を抜き、かまえる。
「さあ、以前銅の剣を失くした恨みもついでに返してやるぞ。雪辱戦の開始だ!」
僕は大ネズミに突撃した。
後にドワーフゴードンは稀代の鍛冶師として名を馳せる。彼を知る者からは、ゴードンは槌で金属と会話し、その金属のもっとも望む姿へと変じさせるのだというにわかに信じがたい話を聞かされる。噂は広まりそれを聞きつけた勇者が彼を訪れ、勇者の剣を生み出す鍛冶師になることは、この時はまだ誰も知らない。
ちなみに弱小冒険者のヨルク・コンフォートは無事ミーコちゃんを見つけ出し、今日も混沌街ビルネツアのお店にクエストそっちのけで寄り道するのだ。
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