第2話 弱小冒険者の寄り道店舗は魔王を切り裂く剣となる
貿易都市ビルネツアは今日も人や物で溢れ活気に満ちている。
ヨルク・コンフォートは今日も冒険者ギルドに顔をだしていた。いまでは日課である。
「今日は何かあるかな。いいクエストがあればいいけど……」
『洋館にでた首無し騎士』……わしの所有する洋館に妙な噂がたった。なんでも首無し騎士がでるだとか! 頼む真相を解明してくれる冒険者求む。
『地下より求む救いの手』……牢に囚われた私を助け出してください。今は何も見えず、声も聞こえず苦しく辛い日々に私の心は今にも死に絶えそうです。
『迷いネコ』……ザアマの大事なミーコちゃんがまたいなくなっちゃったの! これは大事件よ! 冒険者の方、早くザアマのミーコちゃんを見つけてちょうだい!きっと今頃怯えているわ!
「……」
僕は迷わず『迷いネコ』のクエストを剥がした。
「おう! ヨルクおはよう。どうよ今日はなんか金になりそうなクエストあったか? ってお前、また『迷いネコ』って……しかもこれ同じ依頼者じゃねーか」
ハリスが僕のクエストを取り上げ呆れた目を向ける。
「いいだろ。こうやって常連さんのアフターケアをするのも立派な冒険者の勤めだ」
ハリスからクエストを取り上げる。
「そんなこと言ってそもそも武器の一つも持っていないから他のクエスト受けらんねーんだろ? お前、この間のクエストの報酬どうしたんだよ? それで銅の剣でも買えよ。というよりお前ぐらいだぞ冒険者で防具一つ身につけていないの」
「え? そんなもの滞納していた家賃に消えたけど?」
ハリスの言葉通り僕は武器はおろか防具の類も一切身に着けていない。身に着けているのは麻のシャツとちょっと丈夫な紺の麻ズボンである。あとは腰に下げた今は無き銅の剣が納まっていた鞘だけ。
僕はだったら金くれよと恨みがましそうにハリスをねめつける。
「な、なんだよー。そんな目するなよ……ま、まあ。あー、まあ、お互いがんばろうぜ。ミーコちゃん見かけたら教えてやるよ。じゃな」
「いや、捕まえてくれよ!」
その後、依頼者の元へ向かい正式にクエストを請負い、いざミーコちゃん探しに街へと繰り出した。
「前回は『猫まっしぐら』使ってミーコちゃんを捕獲できたけど今回は地道に足で探さないとなー。ザアマさんに教えてもらう情報もあんまりあてになんないし。とにかく街でも有名な猫のたまり場なんかを当たってみるか」
ビルネツアでちょっと有名な猫の集まる港。青い空には海猫が優雅に飛び、港にはたくさんの船が浮かんでいる。
渡された橋に水夫が行き交い荷下ろしをしている。
荷揚げされた麻袋などには猫が気持ちよさそうに寝そべりあくびしている。
よく見るとそこら中に猫を見かけることができる。きっと、荷下ろしをしている水夫からおこぼれでも貰おうと集まってきてるのだろう。
ここならと僕は港を歩く。
「さてさてミーコちゃんはいるかなー。できれば今回の報酬で武器の一つでも買って、ハリスを見返してやりたい。そして、もっと冒険者らしいクエストに挑戦したい。勇者ご一行とはいかずとも、いつかはパーティを組んでこの港から船に乗って大海原を冒険するんだ。海にはきっととんでもない魔物、船よりも大きいシーサーペントとかいて、僕はそれに立ち向かい、死闘の末、倒すんだ! くうー」
などと妄想ばかりが膨らんでいくが、肝心のミーコちゃんは見当たらない。
ミーコちゃんの特徴は片面が黒で片面は白ときっちり顔の中心で分かれている白黒猫なので見かければすぐにわかるのだけど。
「ミーコちゃんどこー? …はあ。いない。なあ、そこの猫ちゃんミーコちゃん知らないかにゃ?」
自分なりに猫語をあやつり麻袋の上であくびをしている茶トラ猫に問いかけてみるが、港の猫はプライドが高いのかプイっとそっぽを向く。
別の場所を探すかと港から上にあがる階段に足を向けると、側壁に青い扉があるのに気づいた。扉の上には本を象った看板が揺れている。
本は『魔導書』を意味していた。つまり魔法屋さんである。
「こんな所に魔法屋が……。ど、どうしよう。足が勝手に扉に向かう。そしてノブを持ってしまう。そうだもしかしたら猫語がわかる魔法とかあるかも?」
いつもの悪い癖。ミーコちゃんを見つけなければならないが……。心を突き動かすいわゆる衝動には逆らえない自分が可愛い。
その手が金のノブを掴み、回した。
――カランと鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい」
天井から吊るされたカンテラの青い灯が店内を照らしている。
周囲の壁は本で埋め尽くされていた。いったい何万冊の本があるのだろうか。
「おやおや見かけない顔だねー。よくこの店を見つけたね、坊や」
カウンターの奥には三角帽子を被り「ひっひっひ」と不気味な笑みを浮かべたしわくちゃの魔女がいた。手元の水晶になにやら未来でも映しだそうとしているのか手をふわふわと撫でまわすように動かしている。水晶には扉付近に佇む僕が映しだされていた。
「ええ、まあ」
僕は褒められたと感じ、嬉しく髪を掻く。
「まあゆっくり見ていきな。これだけ魔導書が揃っている魔法屋はそうはないからねー。いっひっひっひ。坊やにぴーったりの魔法が、見つかるかもしれないねー」
魔導書とは魔法を覚えるための書である。
魔法の力を持たぬ者はこの魔導書を使用することで精霊との交渉権を得る。
交渉が上手く成立すればその者は魔法を使役する権利を得る。その権利を得た術者がどれほど魔法を自在に操れるかは、これはまた術者の技量、才能によって決まるが。
僕は棚を見回り白の背表紙を見つける。すごく短絡的な考えだけど白はなんとなく回復系のイメージがあった。もし、回復魔法ヒーリングなんかあったら結構貴重である。
もちろんそれなりの値段はするだろうけど、いつかは身につけたい魔法の一つである。
好奇心が僕を突き動かしその本を手に取った。タイトルにはコシラーク? と書かれている。
一体どんな魔法なのだろう?
そんな僕の疑問を察したのか魔女がカウンターからずいっと身を乗りだし言ってくる。
「おやおや、坊や。初見でその魔導書を手に取るなんて見どころがあるねー」
「え? そうですかね」
僕は満更でもない気分になる。
「それは腰痛を癒す魔法だね。きーっひっひっひ。おばばの友人がよく買っていく魔法さあね~。坊やもいつかは必要になってくるから持っておいて損はないよ。生き物というのは年数を重ねれば誰しも身体に不調が」
「あ、大丈夫です」
「……いーひっひっひ」
その棚から離れ今度は背表紙が黒の本を取り出す。タイトルにはヘクセンシュウス? と書かれている。
「ひっひっひ。坊や、恐ろしい魔法を手に取ったね。このばあやは冷や汗が止まらないよ」
ばあやの汗が止まらない? 僕はもしかして飛んでもない魔法を見つけてしまったのか。
「これは、どんな魔法なんですか?」
「この魔法は一種の呪いとも、破滅の魔法と呼ばれる……いわゆる禁呪魔法と呼ばれるものだよ」
僕は本のタイトルを恐怖とともに見る。
「禁呪、魔法……」
禁呪魔法。それは古の物語に登場する狂気の狭間から産声をあげし魔法。禁呪と呼ばれる魔法が一体何を示すのかそれすらも禁忌とされ公開されることはない。噂に聞いた限りでは国を滅ぼすだとか。子孫代々と呪いを受け継ぐだとか。魂を消滅させるだとか。それだけならまだしも黒の禁呪と呼ばれる魔法はこの世界の法則さえ覆す恐ろしい魔法だということだった。
どれも噂話の域をでないし、ほとんどまゆつばものだと冒険者界隈では言われている。
でも、もし本当に僕が今もっているこの黒の魔導書に禁呪が記されているとしたら……。
本を持つ手が震えてくる。
「実はな……、ばあやもその昔、その禁呪をくらい。ほれ、この通りじゃ」
「え?」
そういうとばあやはカウンターから出てくる。
ばあやは足を進める度に苦痛に顔を歪めながら腰をさすっている。
腰をさすっている他は特に変わったところは見受けられないが……まさか。僕は目くわっと見開く。本当はもっと若く美しい女性でこの本の魔法によって老婆へと変えられたとか。
「ヘクセンシュウス……、まさか、人の若さを奪い取る」
「ヘクセンシュウス……。またの名を魔女の一撃」
「魔女の、一撃?」
僕はごくりと唾を飲み込む。
「そうじゃ、つまりは相手をぎっくり腰にする魔法よ」
僕は持っていた魔導書を棚に戻した。
「それがよかろう。坊やには手に余る魔法じゃて」
「ばあやさんこそコシラーク使ってくださいよ」
なんだろう。碌な魔法がない。普通、火の魔法とか、水の魔法や雷の魔法という定番であり終盤まで活躍する頼りになる相棒的魔法がない。いや、僕がそれを探せないだけなのか? まあ、これだけ膨大な魔導書があるから逆に定番の魔法を引き当てられない可能性は十二分にある。
「ばあやさん。いわゆる定番の魔法……、火とか水とかいわゆる元素魔法と呼ばれる魔法はないのですか?」
ばあやさんは「いててて」と言いながらカウンター奥に戻り、聞かれたことに「……さて、どこじゃったかな? 何しろこれだけの量の魔法であるから……。ああ、そうじゃそうじゃ、そこの右端から二番目の棚の一段目じゃったな」
右端から二番目の一段目! 僕はその棚に飛びつき背表紙に文字が書かれた本を見つける。背表紙にストーンやメタルといった文字を見つける。これはもしかして土属性系の魔法!
大きな石の塊で相手を撃破したり、金属の形を自由自在に武器や防具に変形させる汎用性にすぐれた魔法!
僕はちょっと背伸びをし棚から本を引き出すと、タイトルに目を走らせる。
「……! エレメントリング」
「きーっひっひっひっひ。エレメントリングそれは、石や金属、宝石などの声を聴けるようになる魔法をよ。それがあればもう友達などというデメリットにしかならぬ不要はもう必要ない。なぜならば、街に転がる石が、石畳の隙間から生える雑草が、鉱山でとれる鉱石が友達なのじゃからのー!」
僕は本を棚に戻した。
「あ、お邪魔しました。また来ます」
「おお、そうじゃそうじゃ坊や、ものすごい魔法が確か三番目の棚の四段目に」
「あ、いいですいいです」
――バタンと扉を閉じ、店を後にした。
「いやー、すごくきわどい店だった。それでいて中々のやばさだったな。でもすごいよかった。またいつか来よう」
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