第45話 子供たちの未来に幸あれ
秋晴れの空が澄み渡る。吹き抜ける風は夏の匂いを残していたが、じきにそれすらも季節の中に消え去っていくだろう。
駅前のバス停まで来たよぞらは、行き先を確認してからベンチに掛けた。新しい通学路はまだ慣れない。二つ隣の駅から通うのは大変だったが、叔母夫婦はどちらでも大丈夫よと選ばせてくれたので通学費は甘えさせて貰う事にした。どのみち、制服を作り直すことを考えればさほど差は無いだろう。
バス待ちをしている間、駅前の大型ビジョンではニュースが流れている。何となしに見上げると、今日も話題は電脳世界の事で持ち切りのようだった。
――続いてのニュースです。全国の子供たちが一斉に気を失い、共通の夢を見ていたと話す……いわゆる「砂漠世界の夢」についてですが、政府は症状が現われた子供たちに対しての精神的ケア、および原因を解明する委員会を立ち上げる事を決定しました。
――当番組では夢を見たという子供たちに独自取材をし、その実態についてまとめました。××病院の精神科××先生をお呼びしています。先生、よろしくお願いします。
――お願いします。
――先生、こういった事象はいわゆる集団幻覚とはまた違ったものなのでしょうか?
――いやね、今回のケースはまったく違うんですよ。いや驚きました。どの子に話を聞いてみても証言が実に鮮明で一致しているんです。思い込みというのは子供時代にはままある事なのですが、それにしては整合性が取れすぎているといいますか
どうにかして今までの常識で説明しようとする大人たちから意識を外して、よぞらは携帯端末をポケットから取り出した。キーワードで検索し匿名掲示板へアクセスすると、スレッド一覧がずらりと表示される。
『スピカ』に乗ってたやつちょっとこい part132
移動要塞船総合スレ 546
あの世界で死んだ奴ザッコwwww俺だけどwwwww
『ベテルギウス』オフ会スレ
【ガード不在】『シリウス』は難易度ルナティック 20【無理ゲー】
正直あの世界に帰りたいんだが…
『カノープス』信者の集い アンコール109回目
その中から一つのスレッドを選び、リンクから飛ぶ。
フォーマルハウトのスレッドは、今日も穏やかな進行が続いていた。728と名前欄に書かれた者の書き込みにフフッと笑う。
しばらくそれらを眺めていたよぞらだったが、メニューボタンをクリックして書き込みフォームを開く。爽やかな秋風が吹き抜けるなか、ベンチに座りながら両手でポチポチと入力を始めた。
+++
名前: メール欄:
本文:みんな元気なようで安心しました。初めて書き込みます。
私もフォーマルハウトに乗っていた内の一人です。あの世界ではみんなに本当にお世話になりました。だけど、私はみんなに謝らなければいけないことがあります。
それは、今回の事は私にも原因があったという事です。私の父が、あの砂漠世界を構築し、みんなを始めとしてたくさんの子供たちを巻き込んでしまいました。
話を聞かせて貰ったところによると、どうも父が単独で暴走したのが今回の発端だったみたいです。
千本木製薬さんと政府の人たちが電脳化実験を進めていたのは本当で、その研究に携わっていた父がアクセス権を根こそぎ持ち出して行方をくらましたそうです。そして、自宅のパソコンから企業先のスパコンを乗っ取りベータ版のテストプレイを開始したのが、あの世界の始まりだったと聞かされました。
目が覚めた後、私の家には政府の人間だと名乗る人がたくさん来ました。
父はその人たちに連れられて、厳重な監視下に置かれることになりました。このまま社会から消されてしまうのではと不安になりましたが、その中の一人、スーツの女の人が「これだけの可能性を秘めた人に、乱暴な待遇はしないので安心して」と、言ってくれました。今はそれを信じるしかありません。
ミクニさん(さっきのスーツの女性です)が言うには、私はこれからもできるだけ一般人として生きていけるよう、周りの大人たちが配慮してくれるみたいです。
だから、学校の先生も友達も本当の事は知りません。お父さんが急に海外出張することになったので、私は母方の親戚に身を寄せるという話があっという間に通りました。でも、校長先生が引きつった笑顔を浮かべていたので、国家権力ってちょっと怖いなと思いました。
私の周りは慌ただしいです。各地ではあの時仲間だった人たちがオフ会を開いているようですが、元凶の娘である私はみんなに会いに行く勇気がまだ持てません。
でも、いつか街ですれ違って、許せるようだったら声をかけてほしいです。共に戦った仲間たちのこと、私はずっと忘れないから。
+++
最後まで書き終えたよぞらは、ふぅっと息をついて文章を頭から一通り読み返す。
しばらくそれを眺めていたが、少しだけ笑って、投稿ではなくクリアのボタンを押してしまった。全消去されたフォームは真っ白に戻る。
端末の電源ボタンを押したよぞらは、目を閉じて天を仰いだ。吹き抜ける風が心地いい、ワイドショーではまだ先生の解説が続いているようだ。ざわめく人波の中で聞こえてくるのは知らない声ばかり。
キキィと音がして風圧が髪を揺らす。目を開ければ新天地へと運んでくれるバスが到着していた。端末をポケットに入れたよぞらはカバンを手に立ち上がる。
ふと、遠くに見える陸橋をくぐった先に、砂色の世界が見えた気がした。
乾いた幻の世界は、白昼夢のように一瞬で消え去る。懐かしむように少し笑った少女は、待たせているバスに乗り込もうとした、
その時
――ヤコちゃん!
ふいに後ろから呼びかけられた気がして足を止める。
ゆっくりと振り返る。視線の先に居た者たちの姿を目にしたヤコは一度大きく目を見開き、そして心からの笑顔を浮かべたのだった。
おわり
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