導きのポーラスターへ

第30話 高速モード変形

 ついに恐れていたその時がやってきたのは、ヤコがフォーマルハウトに乗り込んでほぼ半年が過ぎようかという頃だった。

「なぁ、なんか暗くね?」

 ある日の朝、いつものように起きて来たクルーたちは、船内の照明がいつもより弱々しいことに気が付いた。今日の曇りという天気を差し引いても、なお暗い。

「ちょっとぉー、お湯出ないんだけど」

「さむい! さむい!」

 大浴場で子供たちを洗っていた少女も飛び出してくる。間違いない、これは――


「船内エネルギーが尽き始めてきたようだ」

 ガードが指令室に揃うなりレイが開口一番切り出した。みな言葉を失う中、ムジカが代表してぼやく。

「……ヤベェじゃん」

「あぁ、これ以上ないほどヤバい」

「ちょっとぉ、どうすんのよ。今さら砂漠に放り出されたって、あたしたちはともかく他のヤツらは生き残れないわよ?」

 ミミカも焦ったように乗り出してくる。その時、待ってましたと言わんばかりにニアがしゃしゃり出てきた。

「こんなこともあろうかとー!」

「うわ、出やがった」

「ちなみに今のセリフ人生で一度は言ってみたい言葉5位にランクインするんだとか」

「どこ調べよそれ! ふざけてる場合じゃないの分かんないの!?」

「あはー、ニアっちはいつも通りだなぁ、ナナちょっと安心する」

 ようやく本題に入ったニアは、例の星座盤ロムと最終目的地について手短に説明をした。

「というわけで、燃料切れになってどうにもならなくなる前にポーラスターに行こう! 僕が思うに、この船に関係してる人たちが待ち構えてると思うんだよね。神か、宇宙人か」

 ワクワクしながら誘うニアに対して、ムジカとミミカがそれぞれ反応する。

「おもしれぇ、そいつをブッ倒して燃料を手に入れようってんだな?」

「冗談じゃないわよ、絶対ワナよワナ。行くんだったらバトル馬鹿だけで行って」

「でもぉ……」

 脇からスッと挙手をしたナナが、不安そうな顔でこう問いかける。

「どっちにしろ、行かなきゃ船は止まっちゃうんだよね?」

 これ以上ない正論にミミカはグッと詰まる。話の流れが止まったところで、レイがまとめた。

「こうなった以上は仕方ないだろうな。全てのクルーに事情を説明して、多数決を取ろう」


 全クルーを対象に投票を行った結果、7対3の比率でポーラスターへ行く事が決定した。船の心臓であるエネルギーコアの光がどんどん失われていくのを目の当たりにしてしまったことで、賛成票は大きく伸びた。

 あまり口には出さないが、終わりの見えない旅に疲れ始めた子供たちも多かったのかもしれない。最後の地ポーラスターには消えてしまった大人たちが待っている……そんなウワサ話まで流れ始めたのが賛成派を大きく後押しをした。


「そんじゃ、実行するよ~」

 プログラムの決行は不測の事態に備えて陽が昇った午前中に行われることになった。子供たちを展望ルームにまとめ、食料もできるだけ多く排出してある。

 メインコンソールの操作席に座ったニアが、星座盤ロムを読み込ませ実行ファイルを起動する。

 いったいどうなるんだと皆が見守る中、100%まで完了したことを表すモニターは一度ブゥンと音を立てて暗くなった。

「ど、どうなった、まさか壊れたのか」

「ハジメっち焦りすぎぃ~、こういうのは再起動をかけるパターンが多いんだって。あ、でもこれで自爆プログラムとかだったら笑えるよね。次に爆発までのタイマーとか表示されたりして――」

 ふざけ半分にニアが言った瞬間、モニターにパッとデジタル表式のタイマーが現れる。皆がヒュッと息を呑む中、柔らかい女性の声がアナウンスをした。

『変形プログラムのインストールを完了しました、行き先再設定、座標オールクリア。全クルーに告ぎます。当船はこれより高速モードに移行します。安全確保の為、30分以内に展望ルームより上の階層への避難をお願いします。繰り返します――』

「っっっテメェふざけんなよこのクソ眼鏡!!」

「言って良いことと悪い事があるでしょうが!!」

「ワァー! ごめんって!」

 ガード達から袋叩きに遭いそうになったニアは慌てて逃げ始める。その時、ズズンと船全体が揺れて大人しくなる。しばらくして展望ルームで待機していたはずのナナが慌てて飛び込んできた。

「大変大変、フォーマルハウトが止まっちゃったよ!」


 避難を促されたので、船内にいた全員を上の階層へと誘導する。最後に一回りして逃げ遅れが居ないか確認したころには、残りは3分を切っていた。高速モードに移行ということは船の形が変わりでもするのだろうか?

 状況を外から見て伝えてくれと言われたヤコは、一体どうなるんだろうとドキドキしながら船外の平地に居た。隣にいたナナが、あ!と大きな声を出す。

「見て! 下半分が変形してる!」

 それまで完全な球体だったフォーマルハウトが、ゆっくりと沈み始めた。同時に居住区であった下半球がまるで組み立て玩具のように変形していく。

「ほわぁぁ、おもちゃみたーい……」

 ――どうなってる! 危険はなさそうか!

「すごいのー、戦闘機みたいになってるよー!!」

「展望ルームの後ろ側にどんどん組まれてますー!!」

 外周リングから呼びかけられたので応答する。ものの5分もしない内に要塞船フォーマルハウトは飛行形態になっていた。先端に展望ルームがついて、両翼が斜め後ろに伸びている。

 ――戻ってこい! すぐにでも発進するそうだ!

「わかりました!」

 慌てて外周リングに飛び乗り、展望ルームに戻る。子供たちは興奮したようにガラスにへばりついていた。やがてゆっくりと動き出した船は、それまでのスピードとは比べ物にならない速さで地上スレスレを滑空し始める。

「すごいすごいっ! 戦闘機だ!」

「かっこいいー!」

 はしゃぐ小学組たちをよそに、中高組は不安と期待が入り混じった表情で外を見ている。その時、後ろのドアが開きレイとハジメが入ってきた。

「後方を確かめてきたが、食堂などの主要な施設を除いて個室などは無くなっているな。全員、安全を確かめるまではこの部屋に居てくれ」

「うそでしょ? 今夜からどこで寝ろっていうのよ」

 真っ先に苦言を出したミミカを説き伏せるように、神妙な顔をしたハジメがこう答えた。

「あるいは、もうこの船で寝る必要がないほどの時間で目的地に着くということかもしれん」

「は……」

 マジで?と、小さく呟くミミカの反応ももっともだった。急な展開にヤコは不安でいっぱいになる。そんな中、いつも通りに落ち着いた様子のレイはみんなに一つの提案をした。

「今日はみんなでここに寝よう。ほら、最初の夜と同じようにみんなで固まって寝るんだ。そうしたらきっと怖くないさ」

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