プラネタリウムで会いましょう

第25話 デートしよう!

 また、夢を見ている。夢の中の幼い自分は、母に手を引かれドーム状の建物の中へ入っていくところだった。

 些細な事で友達とケンカをしてしまい、学校に行きたくないとこぼした日、母はニッコリと笑って「サボっちゃおうか」と言った。

 連れて来られたプラネタリウムは手が届きそうなほどの満点の星空で、夢のようにキラキラと輝いていた。ふと気が付くと視点が高くなっていて、あぁそうだ、今の自分は手を引かれるような子供ではなくなってしまったのだと思い出す。

 誰も居ないプラネタリウムで、少し離れたところにいる母は優しく微笑んでいた。ふいに切なさが込み上げる。もう二度と会えない人。何よりも大好きだった人。

(お母さん! ごめんなさい、私ずっとあの時のこと謝りたくて……っ)

 精いっぱい叫ぶのだが、いくら振り絞っても声は出てこない。駆け寄ろうとするのに、もどかしいほど足は進まなかった。


 ――おいで、ここまでおいで、待ってるからね


 歌うように母は言う。両手を広げて待ち構える彼女の元へ走ろうとするのだが、夢から覚醒するとき特有の意識が切り替わって――


 ***


「お母さん!!」

 ガバリと布団を跳ね上げて起きたヤコは泣いていた。フォーマルハウトの狭いベッドの上で現実を思い出し、声を上げて泣く。

「おかぁさぁぁん」

 なんだかんだ言いつつ、ヤコはまだ14の少女なのだ。ふと思い出してしまった過去に縋るのもムリはなかった。気の済むまで泣いて、しゃくり上げながら記憶を呼び起こす。

(あのプラネタリウムって確か……県外のW市の辺りだっけ?)


 どうして急に思い出したのだろう? その数時間後、幹部会議にてヤコは不思議な体験をする事になる。

「というわけで、このまま行けば船はW市に差し掛かる。市街地の近くを通りそうなので、久々に街探索を実行しようと思うのだが……」

「さんせーっ、みんな喜びますね!!」

 レイの提案に皆が賛同する中、ヤコだけは固まっていた。W市のプラネタリウム。それを思い出した途端、頭の中で奇妙な声が響いたのだ。

 ――おいで……ここまでおいで……

 最初は気のせいかと思ったが、意識すればするほど呼び声を感じる。耳で聞こえる物ではなく頭の内側から感じるのだ。

「ヤコ? どうかしたか?」

「あっ、いえ!」

 問いかけられて慌てて姿勢を正す。だが、適当に相槌を打ちながらも頭の中ではしっかり混乱していた。

(なにこれ? 私だけにしか聞こえてないの?)

 しばらくすると声は朝霞のように儚く消えていった。だが、代わりに心の奥底からは『行かなければ』という思いがむくむくと湧き上がってきてしまう。ほとんど無意識のまま、ヤコは挙手をしていた。

「あ、あの」

「なんだ?」

 ここでハッと我に返る。だがここまで言ったのならと、勢いに乗せる事にした。

「W市なら、街はずれのプラネタリウムとかも行ってみませんか?」

 普段は大人しい新入りの発言に、皆が珍しげな視線を向ける。それに頬が熱くなったが、ヤコは何とか話に整合性を持たせようと必死になった。

「ほらっ、もしかしたら電気関係で使えるものが眠ってるかもしれませんし、大型施設だから使える物があるかもっ」

 自分でも驚く積極性だった。つまりそれほどまでに、あの施設に行きたいと心が叫んでいるのだ。

「どう、でしょう?」

 だが反応は芳しくなかった。腕を組んで難しい顔をしたハジメが一番に反応する。

「旨みが無いな。電気で動くものを今この船ではそこまで必要としていない」

「使える物って言ったら、大型モールの方がだんぜんあるでしょーが」

 頬杖をついたミミカも呆れた顔で反対する。意見を取りまとめたレイが決断を下した。

「……残念だが私も賛同はできないな。下りられる時間はどうしても限られている。だが提案してくれてありがとう。そういった意見は新しい発見に繋がることも多い、今後も積極的に挙手してくれると嬉しい」

「……はい」

 おかしな発言をフォローして貰ったというのに素直に喜べなかった。そんなヤコの様子を気にしてくれたのか、会議終わりにナナが飛びついてきた。ショッピングモールで星座の本を探してきてあげると言われて少しだけ気分が上を向く。そうだ、あんな荒唐無稽な提案してしまったこちらが悪いのだ。自分にとっても初めての街探索なのだから頑張らなければ。そう納得させようとする。


(どうしよう、やっぱり行きたい)

 だが、街が近づいてくるにつれて、行かなければという思いは加速していった。母が呼んでいるという感覚はますます強くなり、どうしようもなく苦しくなる。

 ――おいで、ここまで来て、待ってるよ

(本当にどうしちゃったの、私?)

 こんな電波な事を打ち明ければ、ますます心配されてしまうだろう。切なさで心がちぎれそうになったヤコは、かくなる上はと拳を握りしめた。

(夜中に一人でコッソリ……いやでも、そんな勝手な真似は……船律違反……ああああ)

 そこから葛藤を続けること半日、ついにヤコは決意した。最低限の装備を詰め込んで、明かりが落とされ皆が寝静まった頃にそっと部屋から出る。

(罰を受けてもいい、一目だけ見に行こう!)

 左手首の内側に付けた時計に目をやる。現在時刻は深夜0時を回ったところ。誰にも見られないよう気をつけながら階下を目指した。

 幸運にも誰にも会う事なく、船体の底にある一般クルー用の出入り口までたどり着く。初めてこの船に連れられて来た時以来のそこは、緑色の非常灯だけが灯されひっそりとしていた。手探りで鍵を開け分厚い銀色の扉を押し開ける。涼しい風が吹き込んでくるのと同時に、その声が響いた。

「やぁ、いい夜だね」

「ひゃあ!?」

 ほがらかに片手を上げていたのは、男にしては長めの髪をなびかせたニアだった。今日も白衣をはためかせた彼は、タラップの階段に腰かけてニコニコとこちらを見上げている。後ろめたさからヤコは大げさに両手を振った。

「あっ、あの、違うんです! 別に船を降りようとかそういうんじゃなくてっ」

「ん-? あ、そのドア手を離すと――」

 ニアが何か言いかけたところで、背後で閉まったドアからガチャンと音がする。

「オートロックだから入れなくなっちゃうよ……って、遅かった」

「あああ!?」

 こうなってしまっては、一度跳んでデッキから入るしかない。見張りに見つかったら何と言い訳をしたものか。ここではた、と気づいたヤコは先客へ振り返った。

「あれ、ニアさんも締め出されたって事ですか?」

 こんなところで何をしていたかなんてお互い様ではないか。そう聞くと、掴みどころがない先輩はニパっと笑った。

「いや、僕は君を待ってたんだよ。ヤコちゃん、デートしよう!」

「……はい?」

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