第14話 先輩たち
夢を、見た。
それは夏の暑い日だった。立ち尽くす少女の前には、顔を白い布で覆い隠された女性が一人、畳の上で静かに横たわっている。
ジィジィとうるさいセミの声の合間に、風鈴が物哀し気な音でチリリと一つだけ鳴る。蒸し暑いはずなのに指先がひどく冷たかった。少女は色を失くした小さな手で服の裾をぎゅっと引っ張る。その視線の先では、父が泣き崩れていた。
父はこちらの気配に気づくと、涙でぐちゃぐちゃになった顔で振り返った。まだ事態を理解できない少女を抱きしめると、震える声で言う。
――大丈夫、大丈夫だからな×××。父さんがきっともう一度……
最後まで聞き取ることは叶わず、意識は白んでいく。
***
「おとう、さん?」
起き上がったヤコは、目元をこすりながら今見た夢を思い出そうとした。だが霧がかかったように断片的なことしか思い出せない。どんな感情を抱いていたか、さえ。
やがてフォーマルハウトの小さなベッドから出た頃には、夢を見た事すら忘れていた。その代わりに、昨日の出来事がよみがえってきて、少し緊張すると共にどこか誇らしげな気分になる。
(今日からは私も、正式なガードなんだ。頑張ろう!)
いつものように身支度を整えて部屋を出たヤコは、上の階層を目指す。
一躍『時の人』となったヤコはどこへいくにも注目にさらされた。慣れない視線に苦笑を浮かべながらも歩みを進めると、指令室の扉が見えてきた。
そうして中へ入ると、中で待っていたのは昨日共に戦った内の4人のメンバーだった。入り口のすぐ側に立っていたニアがおどけて大仰に一礼してみせる。
「ややっ、本日の主役がご到着にあらせられる。ささ、こちらへどうぞ姫」
「お、おはようございます、ニアさん……」
「げに、まっことお待ち申し上げておりました。ほれ皆の集、平に、平にぃぃ~」
「るせェんだよ、お喋りクソ眼鏡」
相変わらずふざけ倒す彼を不機嫌そうな声で制したのは、大柄な体格の男子生徒だった。確か昨日、槍を持って先陣を切っていたガードのはずだ。明るい色の髪をツンツンに立てた風貌で、行儀悪くテーブルに足を乗せている。
元よりヤコは小心者だ。威圧的な態度にビクッと恐縮してしまう。そんな彼女をさりげなく庇いながら、前に進み出てくれたのはやはりニアだった。
「あそこのガラ悪いのがナンバー6のムジカ。高3なのに大人げないでしょ、同学年として恥ずかしいなぁ、ゴメンね」
「やるかテメェ!!」
「で、そこでダルそーに肘付いてるのがナンバー3のミミカ。見た目通りのギャルで年は中3。ヤコちゃんの一個上だね」
「……フン」
紹介されたのにも関わらず、長い金髪を払ったミミカは無視をして爪をいじりはじめた。あからさまに歓迎されていない空気にヤコの肩身はどんどん狭くなる。
「あ、あの、弱小者ですが、わたし頑張りますので……」
「センパイたち感じわるーい、新入りなんだからさー、もーちょっと優しく――」
口を尖らせたニアが苦言を申そうとしたその時、誰も居なかったはずの左から急に話しかけられ、ヤコは大げさに飛びのいた。
「あのぉ」
「ひゃわぁぁ!?」
のけぞりながら見れば、そこにはボリュームのある黒髪をざっくり三つ編みおさげにした眼鏡の女子生徒が出現していた。本当にいきなり現れたとしか思えない。暗がりに居たとは言え、まったく気配を感じなかった。
「あれ、イッちゃん居たの」
「ひ、ひどいニアさん、確かにあたしは影が薄いですけどぉ」
いじいじと指先をいじり始める彼女の事もニアはサクサクと紹介してくれる。
「こっちはナンバー5のイツ。高1だっけ?」
「はいぃ、あのっ、ヤコちゃん。あたし弱っちいけど、仲良くしてくれると、嬉しいなあ」
「あ……はいっ、よろしくお願いします!」
はにかんだイツは、おずおずと手を差し出しながらそう言う。唯一友好的に接してくれた彼女に、ヤコも嬉しくなってその手を握り返した。
「みんな、揃っているな」
そして、さほど間を置かずリーダーとハジメが指令室に入ってくる。ナナもその後ろからひょこっと顔を出し、ヤコの姿を認めると嬉しそうに手を振った。
それぞれが円卓に座り、要塞船フォーマルハウトを守るガード達の定例会が始まった。まず、改めてリーダーのレイからヤコの紹介が入る。
「皆も知っての通り、ナンバー8が新たにガードとして加わった。ヤコ」
「あ、はいっ。みなさんどうぞよろしくお願いします!」
彼女の椅子の隣に立っていたヤコは、ペコリと頭を下げる。掛けていいと言われたので、レイの隣の空いていた椅子に腰を下ろす。
「ヤコは
「はぁ? マジで見えんのかよ。チートじゃん。ずりぃー」
ムジカの素っ頓狂な声を、ハジメが腕を組みながら静かに諭した。
「我が船にとって有益な事だろう、発言を慎め」
「へーへー」
それにふ、と笑ったレイだったが、表情を引き締めるとまとめにかかる。
「ガードが一人増えた事で、この船はさらなる戦力に強化された。これからも気を抜かずに行こう。それに伴って、敵が襲来した場合の迎撃にも大幅な変更を――」
敵が襲撃してきた際のフォーメーションなどをいくつかシミュレートして会議はひと段落する。さて、そろそろお開きに……と、なったところで、改めてメンバーを、ぜろ、いち、にぃ、と数えていたヤコは何気なくその一言を発してしまった。
「あれ? そういえば4番の人って――」
ピシリ、と空気が固まった。どちらかといえば独り言に近かったのだが、場の雰囲気が凍り付くのを肌で感じる。自分が決定的な失言をしたのだと気づいたヤコは急速に肝を冷やした。
「え、えっと、それについてはナナが後で説明を……」
ナナが場を取り繕うように口を割るが、なんとも歯切れ悪くしどろもどろだ。
口には出さずとも、皆がある人物を気にしているのが伝わってきた。その意識の中心、金髪ギャルのミミカはどんどん俯いていく。次第にその肩が震えだし、重たい口を開く。
「やめてよこの空気……人を腫れ物みたいにいつまでも……。言えば? あたしはもう納得したって言ったでしょ」
「ミミカ」
「会議は終わり? あたしもう行くからっ!!」
吐き捨てるように叫んだ彼女は、椅子が後ろに倒れるのも構わず勢いよく立ち上がる。最後にこちらをキッと一にらみすると、荒々しく出て行ってしまった。
「あ、あの私、ごめんなさい……そうじゃなくて」
「……。ナンバー4のシノ君はね、ナナと同じくらいの年で、ミミちゃんの弟だったんだ。だけど、この船に乗り込んですぐの時に……」
ぽつりと付け足された情報に、ヤコは激しく後悔する。自分はなんと軽々しく聞いてしまったのだろう。この場に居ない理由などそれぐらいしか考えられないではないか。
重い沈黙が指令室を満たす。嫌われてしまった後悔を胸に、ヤコはしばらくその場から動くことが出来なかった。
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