第12話 敵襲

 のろのろとそちらに視線を向けると、ニアはおかわりを注ぎながら穏やかにこう続けた。

「勇敢と無鉄砲さは違う。見方を変えれば、ヤコちゃんはそれだけ真剣に考えてるってことだ。それが分かってるからレイちんだって急かしてないんじゃないの」

「そう、なんでしょうか」

「きっかけが無いだけさ」

 肘をついた男は、カラカラと笑ってアドバイスをくれた。

「案外、土壇場になったら考えるより先に身体が動いてるかもよ? いま君の中では二つの気持ちがせめぎ合ってる。最終的な判断は、その土壇場の時のヤコちゃんに任せてもいいんじゃない? そこで出た答えが最終的な結論さ」

 確かに、初めて砂人形と対峙したときも考えるより先に身体が動いていた。立ち向かえるだけの勇気が自分にもあるだろうか? あるいは情けなく逃げ出すか……。

「その時が来たらでいいんでしょうか?」

「もちろん。それまでにちゃんと準備をして、どっちに転んでもいいようにしておくのが大前提だけどね」

 少しだけ気が軽くなったようで、知らず入っていた肩の力を抜く。手に持ったままだったカフェオレを流し込むと少しだけぬるくなっていた。飲み干したそれを脇に置き、口角を上げたヤコは立ち上がる。

「ありがとうございますニアさん。なんだかちょっとだけ気がラクになってきました」

「そーそー、悩むだけムダだって。ゆる~くその場のノリで生きようよ、お仲間が出来れば僕もサボり易く……おっと」

 おどけた様子で口を塞ぐ様にクスッと笑ってしまう。その時、モニターをふと見上げたヤコは、赤い光に向かって、青い光の群れが迫ってきているのを見つけた。一瞬考えた後、おそるおそる尋ねてみる。

「ところであの……まさかとは思いますけど、青い光って、敵、とかじゃありませんよね?」

「えー、なになに? 何か見つけた? なんならヤコちゃんガードなんか止めて僕の助手にでもなる~?」

 ケラケラと笑いながら振り仰いだニアの口から、飲みかけのコーヒーがたぱーっと零れ落ちる。白衣に盛大な染みを作った彼はカップを放り出しながらガバリと立ち上がった。

「きゃっ……」

「てっ――」


 ***


「敵襲だぁー!!」

 血相を変えて展望サンルームに飛び込んだニアは、とっくに出撃準備をしていたハジメからバコンと頭を叩かれた。

「見りゃわかる! 監視はどうした貴様!!」

 後に続いたヤコも、その場の状況を目にして一気に青ざめた。混乱極める展望ルームでは、小さな子たちが火の付いたように泣き叫んでいた。ガラス越しに外を見てぞっとする。昼下がりの砂漠。その彼方から巨大な砂人形たちが群れを成してこちらを追ってきているのだ。超特大の1体を従えるように、小さな個体がわらわらとその後を追従している。それは大人でも足がすくんでしまいそうな光景だった。

 少女たちが子供らをなだめようとする中、上階から降りてきたレイがテキパキと指示を出し始めた。

「手の空いている者は子供たちを連れて階下に避難! 動ける者は盾を用意しデッキに集まってくれ」

 リーダーが現れた途端、右往左往していた空気がピシッと引き締まった。全員が返事をし、キビキビと自分がやるべき事に動き出す。レイは手投げ弾のついたベルトを締めながら、こちらを一瞥して短く指示を出した。

「ニア、船の速度を最大限にしろ、小型は振り切る!」

「りょ、了解!」

 きびすを返したニアはバタバタと駆けて行った。レイは立ち尽くすヤコにはあえて触れずデッキへと向かった。そちらに手を伸ばしかけたところで、入れ替わるように現れたツクロイに腕を引かれる。

「ヤコ! こんなところに居た! 子供たちを避難させるから手伝って、こっち!」

「ツクロイちゃ――」

 その時、ごった返す人波の中ですぐ脇を誰かが通り過ぎた。一瞬立ち止まった少女はナナだった。目を見開いた彼女とすれ違うのはこれで三度目になるが、今度のナナは何も言わなかった。キリッと正面を向くと、わき目も振らずにデッキへと走り出す。

(あ……)

 いつの間にか、デッキにはガードたちが集結していた。性別も身長も違う6つの影が、迫りくる強敵を迎え撃つ為、横並びになりそれぞれの得物を構えている。その背中を見たヤコの胸の内に、熱い何かが込み上げた。

(私も、あぁなれたら)

 よかったのになぁ、と小さく呟いた声は、怒号が飛び交う中、誰にも届かず掻き消されていく。

(いつもそうだったな、逃げてばかりで)

 それはそこに立てない自分への憐れみだったのか、それとも安堵だったのか、今の彼女には判断が付かなかった。うつむいてギュッと拳を握りしめる。

 守護者たちの登場にクルーたちから歓声が上がる。大柄で髪の毛を逆立てた男のガードが身長ほどもある槍を構え、吼えた。

「かかってこいやァ! デカブツ!!」

 赤い光をまとう武器を払った彼は、力強くデッキを蹴り飛び出す。他の皆も後に続き、戦闘が始まった。

「ヤコ! ボーっとしてないで早く! ここに居たらアンタも危ないんだってば!」

「……」

 自分が今すべきことは年少組の誘導だ。そう頭では分かっているのに戦いから目が逸らせなかった。懸命に跳ぶナナが砂人形の眼前に迫る。

 スピード特化のナナは扇動役を担っていた。タンッと着地した砂の腕を駆け上がり、味方部隊の攻撃から目を逸らすために、敵の大きな口スレスレのところを飛び回っている。ズバッと切りつけると敵の顔に線が走った。

 ――ヤコちゃんはナナが守るから、安心してね!

 笑顔で言っていた彼女の言葉がよみがえる。いったいどんな気持ちで言ったのだろう。共に戦って欲しいはずだったのに。

「――っ」

 葛藤が胸の内を締め付ける。ヤコちゃんとあだ名をつけてくれた時の笑顔が浮かんだ時、ヤコは気づけば駆け出していた。

(ナナちゃん! ナナちゃん、私――)

 ガラス扉を押し開けてデッキに飛び出す。盾を構えていた男子生徒たちがギョッとしたように振り返った。

「おいっ、危ないぞ!」

「誰かその子を止めろッ」

 ヤコは自分でも何が伝えたいのか分からないまま制止を振り切って駆け出していた。その時、戦況が動いた。一瞬の隙をついた敵が、小うるさいハエを追い払うように手を振りかぶる。風圧がボッと音を立てた次の瞬間、ナナは船の外壁に叩きつけられていた。

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