第10話 一騎打ち

 数日後、クルーとしての仕事が早々に片付いたヤコはゆっくりとした足取りで訓練場へ向かっていた。まだ集合が掛かったわけではないが、抜き打ちテストをされるなら前もってゴールに居てしまえばいいのだ。そう何度も使える手ではないが一度くらいはあの鬼教官を出し抜いてみてもいいだろう。そんなちょっぴり姑息なことを考えながら心の中でほくそ笑む。

 ところが、訓練場が近づいてきた辺りで首をかしげる。中から何かが激しくぶつかり合うような金属音がするのだ。

「……!」

 扉をそっと開いたヤコは、中の様子に思わず目を見開いた。ハジメとレイが真剣勝負をしている。比喩ではない、文字通りの『真剣』で、戦っているのだ。

 二人は肩で息をしながら、まっすぐに見つめ合い太刀を構えていた。ハジメは正眼。レイは腰を落とし下段に。張り詰めた空気は今にも弾けてしまいそうだ。そして、どちらかが足元をザリッと擦った次の瞬間――澄んだ金属音を響かせてハジメの太刀が吹き飛んでいた。

(す、すごい……)

 少しも目で追えなかった。瞬間移動したようにしか見えない。あんぐりと口を開けるヤコの方を振り向き、納刀したレイは笑った。

「久しぶりだな、入ってきたらどうだ?」

「あっ、お、お久しぶりです。レイさん!」

「……来てたのか」

 決まり悪そうに顔をしかめるハジメは、己の得物を拾いに歩く。

 今日のレイはマントを羽織っていなかった。黒地に赤のスカーフを付けたセーラー服は彼女が通っていた高校の制服だろうか? 長くつややかな黒髪とよく合っている。

 緊迫感あふれる試合を目の当たりにしたヤコは、興奮しながら両手を握りしめた。

「あのっ、すごい……お二人とも、すごいです! 全然動きが見えませんでした!」

「ふふ、ありがとう。そちらも頑張っているようだな、ハジメから聞いているぞ、なかなか根性があると」

 意外な言葉に「え」と、男の方を向く。いつもダメ出しばかりされているので、てっきり自分は落第生かと思っていたのだが……。

 ものすごい形相でギロリとにらまれたので、慌てて視線をレイに戻す。そうだ、と思い出した少女は改めて感謝を伝えることにした。

「レイさん、選択肢を与えて下さってありがとうございます……おかげ様で何とかこの生活にも馴染めてきてます」

「それは良かった。一人でも多くの子を救うのが、私の使命だと思っているから」

 迷いのない言葉に憧れてしまう。自分とそう年も変わらないだろうに、どうしてそんなに立派で居られるのだろう。

(私は、レイさんみたいにはなれないんだろうな)

 そこから会話を二、三するのだが、彼女の受け答えのどれもが労りと優しさに満ちあふれていて話しているだけでクラクラしてしまう。きっと生まれ持ったものが違うのだ。ストンと腑に落ちたヤコは諦めにも似た心境でつぶやいた。

「すごいなぁ……」

「え?」

「私なんかが頑張っても、レイさんみたいなすごい人には絶対になれないんだろうなぁって思っちゃって。……って、あはは、何言ってるんですかね、そもそもの才能が違うんですよね。比べること自体が間違いか。なんて」

 そう言うと、若きリーダーは少しだけ寂しそうに微笑んだ。あれ、と思う間もなく、去り際に肩に手がポンと置かれる。

「人は誰しも、自分が思うよりもはるかに可能性を秘めているんだ。やる前からダメと思い込むと本当にダメになってしまうぞ」

「……」

「君は君自身が思うよりも、すごい才能を持っている。それは透視というチカラに限ったことだけではない。それだけは覚えておいてくれ」

 レイはそのまま去って行った。残されたヤコは何も言えずに立ち尽くしてしまう。背後で重たいため息をついたハジメが咎めるように言った。

「誰だって初めから何でもできるわけないだろう。その為に、お前を訓練しているんだ」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくてもいい。だがいい加減腹を決めたらどうなんだ、ナンバー8」

 立場を示す名を呼ばれ、思わず体がビクッと跳ねる。

「ガードとしてやっていくなら他のメンツとの連携の兼ね合いもある。遅くなればなるほど言い出しづらくなるぞ」

 そちらを振り向くことができないまま、臆病なヤコは曖昧な言葉で濁した。

「すみません……私やっぱり、まだ……決められなくて」

 沈黙が重い。嫌な汗をじとりと掻きだした頃、再度ため息をついたハジメはそっけない声でこう告げた。

「……覚悟のない者に教えることは何も無い、今日の訓練は止めで良い。帰って休め」

 失望を含んだ響きは、ヤコの心を打ちのめした。

「いいかナンバー8。我々が能力を与えられたのには何かしらの意味がある。ガードには力を与えられた者として『そうではない者』を守る責務があるんだ。その事を胸に留めておけ」

 ハジメはそのまま出ていく。彼が去った後、扉が閉まる音が聞こえないことに気付いたヤコは不思議に思ってノロノロと振り返る。すると、扉の影から覗く小さな頭と目があった。ふわふわの髪を今日は下ろしている彼女は、食堂で会った時と同じようにはにかんだ。

「あっ、えっと、元気?」

「ナナちゃん……」

 自分の顔が引きつっているのが分かる。優しい彼女にこんな顔は見られたくはなかった。何とか話そうと息を吸い込んだヤコは、やっとのことで言葉を紡ぐ。

「その、レイさんから聞いたかもしれないけど私……」

「あー、いいのいいの! 気にしないでっ」

 全てを言わせず、ナナは明るく手を振った。チクリと胸の傷が広がる。

「ヤコちゃんはナナが守るから、安心してね!」

 じゃ!と、片手を上げた彼女はきびすを返して去って行った。

 一人取り残されたヤコはしばらく俯いたまま動くことができなかった。


 ***


 帰り道、一人でトボトボと通路を歩きながらヤコはうなだれる。

(どうして私、こんなに意気地無しなんだろう)

 ハジメとの特訓で、自分の身体が驚くほど強化されているのは分かっていた。吹き飛ばされても氣をそこに集中すれば防御力が跳ね上がるし、ダメージを負っても魔法のような回復力で傷がふさがるのを、身を以って体験している。

 でも、それでもダメなのだ。どうしても自分があの巨大な砂のバケモノと戦う事を考えると怖くてしょうがない。想像しただけで足が震え、汗が止まらなくなってしまう。

(あんなに小さなナナちゃんだって、頑張ってるっていうのに)

 情けない、自分はどうしようもない弱虫だ。うじうじと悩んでいたヤコはそこでようやくはたと気づいた。辺りを見回して首をひねる。自分はいま何階層分、階段を下りただろうか?

「ん? んんん?」

 慌てて周囲を見回すものの、見覚えのない通路が前後に広がっていた。移動要塞船『フォーマルハウト』は内部が複雑に入り組んでおり、道順をヤコはまだ数個しか覚えていない。その少ない道ですら3階の訓練所を中心とした物であり、こんな見覚えのない場所に出てしまえば現在地さえ分からないわけで……。

(迷子!)

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