第7話 最高指揮官殿()
つまり、自分も近いうちにあのバケモノと戦わなくてはならないのだろうか? 冷や汗をダラダラと掻くヤコをよそに、ツクロイはカゴを持ち上げ朗らかに笑った。
「さてと、そろそろ行かなくちゃ。あたし衣類系の担当なの、ヤコも所属決めるんだったらウチにおいでよ」
「う、うん、そうだね、そうだと、うれしいな……」
「いつもこの時間帯はここにいるから。じゃあまたねー」
ツクロイは子供たちを引き連れて階下へ降りて行った。残されたヤコはぎこちない動きで歩き出す。その手足は同じ方が同時に出ているという珍妙な物だった。
(私って本当に覚醒者なの? 戦うなんてムリだよ!)
グルグルめぐる思考のまま、階段を上がる。上がり切ったところにもまた扉があり、警備の男性が一人立っていた。レイから呼ばれている事を告げると通される。
(ドラマの会議室みたい)
最上階は高級感あふれる造りになっていた。部屋の中央に円卓が置かれ、それを重厚そうな椅子が10ほど取り囲んでいる。
見た限り部屋の中は誰も居なかったが、机を挟んで対角に位置する席が一つだけ外を向いていた。ひじ掛けに置かれた手がリズムをとっているのを見たヤコは、先ほどのツクロイの発言を思い出していた。
――砂のバケモノと戦うのがここから見えるんだけどね、アニメみたいにズバーッと切ったりして
「あ、あのっ、レイさん! ごめんなさい……私、やっぱりガードは無理です!!」
ギュッと胸の前で握りしめた拳が震えている。何か言われてしまう前にと、つっかえながらも言葉を続けた。
「わ、私、その、運動とか全然得意じゃなくて……頭もそんなよくないし、皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうと、思うので、だから」
「……」
彼女は何も答えない。そんな空気が居たたまれなくて、ヤコはますます早口になっていった。
「ほんと、昔から何をやらせてもヘマばっかりで、ここぞっていうところで失敗してばかりなんです、私……」
「なるほど、だからこの船で能力を隠し、一般クルーとして生きていきたいと?」
ようやく返ってきた凛とした声にビクッとする。失望されたのだろうか? それでもやはり、考えれば考えるほど自分には無理だと思えてしまうのだ。
「ごめんなさい……ムリなんです……」
情けなさに涙が出そうになる。その時、話しかけていた椅子がクルッと回転した。驚いた事に、レイだとばかり思い込んで話しかけていたのは、まったく見覚えのない男だった。男にしては少し長めの茶髪をハーフアップにして後ろでまとめている。眼鏡をかけていて、レイたちと同年代――つまりヤコより二つ、三つ年上に見える。
彼はニッコリと破顔すると頬杖をついたまま片方の掌を大仰に広げた。尖った八重歯がちらりと覗く。
「いいね! 嫌なものは嫌。ハッキリ言えるっていうのは良い事だと思うよ」
「へ……?」
眼鏡の奥で垂れ目を細めた彼は、手を振って愉快そうにケラケラと笑いだした。
「気が向かないことを無理してやる必要ないって~、まじで」
なぜか科学者のような白衣をまとった彼は、長い脚を組み替え膝の上で指を組む。固まり続けるヤコを見てニッコリと笑った。
「あ、誰?って顔してる。はじめまして、僕はね、この船の最高指揮官だよ」
(しきかん……偉い人!)
瞬間的に悟ったヤコは、背筋をピンと伸ばして非礼を詫びた。
「はっ、初めまして! ごめんなさい、私てっきりレイさんだとばかり……っ」
「あー、ここに座るのは僕よりれーちんの方が相応しいって?」
「言ってない、言ってないですっ」
涙目になりながら否定する。あぁ、どうして自分はこんなに口下手なのか。
ところがその時、まったく予想だにしない方向からダァン!と、すさまじい音が響いた。
「ひっ……」
鼓動を一つ跳ばしながら振り返ると、すぐ側の入り口にハジメが立っていた。鬼の形相をした彼が殴りつけたであろう壁の辺りがへこんでいるように見えるのは気のせいか。
「き~さ~まぁぁぁ!!」
「あ、ヤベ」
目を吊り上げたハジメは、ヤコの脇を通り抜けながらツカツカと謎の男に迫っていった。
「新入りをからかうのも大概にしろ! 何が最高指揮官だ、存在しない役職をでっちあげるんじゃないっ」
「にはははは、ちょっとした冗談だってハジメちゃーん」
立ち上がった眼鏡は、胸倉をつかまれそうになる寸前でひらりとかわす。そのまま時計回りにこちらへ逃げてきたかと思うと、笑いながら頭を掻いた。
「やぁー、からかってゴメン。焦るのが面白くて、つい」
「え!?」
ようやく冗談だったことが分かり、ヤコは驚くと同時にひどく安堵した。人騒がせな男はようやく本当の身分を明かす。
「僕はナンバー2のニア。エンジニアのニア。この船の心臓機関部によく出入りしてる技術者だよ、よろしく」
「ヤコです。よ、よろしく……」
差し出された手を握り返す。まるで子供のように上下にブンブン振られていると、呆れたようなハジメから横やりが入った。
「その男とレイを間違えるか普通……」
「そっ、それは……」
「えぇ、結構似てない? 『ハジメ、柔軟な思考を持たなければ裏をかかれてしまうぞ』なんちゃってぇ」
「やめろ、気色悪い!」
裏声でレイの声真似をする男を見上げ、ヤコは若干引いていた。見た目だけで言えば大人っぽいと言えなくもないのに、口を開けば言動のギャップがえぐい。ノリが軽く賑やか、悪く言えば軽薄。これまでの人生であまり出会ったことのないタイプだった。
「じゃ、暇も潰せたことだし、そろそろ行くね~」
(ええええ!)
そしてこの唐突さである。ふらりと出ていこうとしたニアだったが、扉のところで上半身だけ引き返す。
「あ、ヤコちゃん、アドバイスあげよっか。ハジメっちにもさっきみたいに素直に言ってごらん」
「さっき……みたいに?」
「大丈夫、僕には充分伝わってたよ」
最後にニッコリ笑ってニアは出ていった。背中を押して貰えたのだと気づいて胸の辺りが暖かくなる。決意が固まった。たとえダメだとしても、後悔しないために意思だけでもきちんと伝えておかなくては。
「レイは別件が出来て代わりに俺が来た。お前を待って一日ここに居るわけにはいかなかったからな」
「すみません……あのっ、ハジメさん!」
しっかりと相手の目を見つめて切り出す。だが、こちらをジッと見ていたハジメは、出し抜けにハァとため息をつくと話の流れを遮った。
「分かっている」
「え」
「ガードになる自信が無いとか言うつもりだな。早とちりをするな、お前みたいな素人をいきなり戦場に放り出すわけがないだろう」
「そ、それじゃあ」
わずかな期待が胸を膨らませる。頭を掻く手を止めたハジメは、ヤコの今後について決定を下した。
「レイとも話し合って決めた。今のところ、この船の戦力は安定している。お前がこれからガードとしてやっていくかどうかは状況を見て自分で決めるといい」
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