〇八 追放から始まる物語は
学生であることに辟易とする瞬間がある。午前中にある体育の授業で長距離走をさせられるときと、その後の昼食を挟んでやってくる授業と、宿題があるときだ。
でだ、その苦痛を甘受しているときに限ってやってくるやつがいる。そう、ユウだね。いつものように窓から入ってきて課題に手を焼いているボクの左隣りにぴったりとくっつくように座って、肩におでこをぐりぐりしてきた。
お風呂上がりかな、シャンプーの甘やかな香りがふっと漂ってくる。ちっちゃく「えいっえいっ」とか言ってるし、かわいいなもう。マーキングかなにかかな?
とりあえず静かにしているようではあるので放置して宿題を終わらせてしまおう……と考えたのが失敗でした。
「おい、ノートの端に中二病っぽい呪文を書くんじゃない」
「えっ? いやだよ」
「それと、ボクの左手の甲に貼ったこのシールはなにかな?」
「魔法陣だけれども?」
そうそう、魔法陣だね。無意識に中二病がでちゃったのかと思ってあせったわ。あれっ、うわーこれ転写式じゃねーか、手の甲に付いたのがとれなくなってるんだけど。
「もう少しで終わるし気が散るから、自分の部屋に戻って待ってていただけませんかね?」
「いやかもかも。どうしても追い放ちたいときには定番の言葉があるでしょ? ほらほら言ってみて、さんはいっ」
はっ…………あれか、あれなのか。微妙にヒントだしてくるし。
「え~っと、お前は追放だ!」
「きゃ~ん♪」
あれ? 嬉しそうだな。それにしても意外とこのセリフは恥ずかしいな。転生したら言わないワードに登録だね。
「だが断る! そして逆にキミを追放だよ!」
「えっ、ボクがどうして」
「なぜなら追放がしたかったからっ! だよっ?」
えっ、そんな理由ってありなヤツ? ナシよりのナシだろ。というか顔を合わせて間もないのに互いに追放し合うってどうゆうこと? 二人で人狼のいない人狼ゲームでもやってたのかな?
「もうちょっと取り繕って! なんかあるでしょ、こうパーティーメンバーからの評判が悪いとか、ザコスキルで能力が低いので足手まといとか、雑用しかできないようなやつはいらないとか、人格的に全否定しちゃうやつとかさぁ。明確な理由が欲しいわ」
「じゃあ、それ全部でいっとこ。あとえっちだからも付けとくね?」
「ちょっ。自分で言っといてあれだけど、その理由だと激しく傷つくからねっ。あと余計なオプションもやめて」
「
「ユウの気まぐれ風のソースみたいなのまでオマケされたっ!」
あれだね。物語の冒頭で追放されちゃう人をよく見かける今日このごろですけど、当事者になってみるとひっどい展開だよな。泣いちゃうぞ。最初に落としておけばあとは上がるだけではあるのだろうけどね。
もっとも何からボクは追放されたかがわからないけどね。
「追放していいのは追放される覚悟のある人だけっ、だよ」
「なにを分かった風なことを……」
うっわ、なにその得意げな表情、言ってやった感が半端ない得意顔だ。
「うだうだ言わないの! とにかく追放だから、この部屋から追放だからっ。すぐにでていって」
「雑なうえに、ここボクの部屋……」
「追放! 追放! 追放! 追放!」
「シュプレヒコールやめれ」
旗とか横断幕とかプラカードとかどこからだした! 追放するための熱意と準備がぬかりない。やはり追放劇は闇が深いな。
「もっと日本人らしく言葉を濁して。こうオブラートに包んで、日本人っぽく包んで包んで包みまくって」
「はいはい、追放はこちらですよ~」
なんて言いながらボクの背中を押してくるちびっこが可愛いので、お気に召すままにしていたら結局部屋から追い出された。二回連続、三回目。
「おハウス!」
しばらくしてから――廊下に追放されたボクに、部屋の中からユウが声をかけてきた。ちょうど宿題も片付いたところだし、帰巣本能に従って自分の部屋? に戻ることにする。なんかデジャブ味が強い。あと釈然としない。
予感はあったけれど僕の部屋は魔改造されていた。つっこみが溢れでるよ、もう。
部屋の中心には真っ白なクロスのひかれた小ぶりなラウンドテーブル。挟み込むように二脚のチェア。テーブルの上にはティーセットがお約束だ。ティーコゼをかぶせたポットと思われるものと、湯気と香気を立ち上げる夕焼けを溶かしたような紅茶が注がれた白磁が二客。上部に持ち手のついた三段のケーキスタンドがやけに主張していた。
「ごきげんよう。わたくしのパーティーへようこそですわ」
情報過多で「は、はぁ」っという返事しかできなかったよ。いきなり盛られすぎると把握するまでに時間かかるんだよなぁ。
「さぁ、椅子へどうぞ。冷めないうちにいただきましょう」
なんだか上品に言って椅子を勧めてくれたユウに従い席につく。それにしても、ボクの目の前に立っている人物には違和感しかなかった。そう、いつものやつだ。肌色面積が確実に多くなっているやつ。
つば広の白いストローハットにこちらもパステルグリーンのリボンがひと周りしてアクセントになっている。そこから覗く前髪の横、こめかみ横などの髪の毛はゆるふわに巻かれている。厚底のミュールを履いているのもあって脚が長くより綺麗に見える。
海へ避暑に来ているお嬢様っぽいね。バカンス感満載。惜しむらくはここは元ボクの部屋であること。そしてまだ春。つまり寒いってことだ。あと何がとは言わないけれどいい感じに弱点を補ってる。
「さぁ、優雅に始めましょうわよ」
「しょうわよ? まぁ、よいけれども。とりいそぎ、複数存在しているボクの違和感の解消に尽力してほしいのだけれども」
「あら、なにかしら」
「あそこにはられているユウの大きなポスターというか写真みたいなのはなに?」
「肖像画よ!」
「ふーん」
「貴族は自分の肖像画が好きなのよ? 常識ですわよ、気に入らないのかしら?」
「いや、自分の水着の写真を幼馴染の部屋にはっちゃう?」
「お馬鹿ですわね。おヌードのやつはおプリントしてもらうときに、お店員さんに見られちゃうではないですか。でも安心して今回は女性のオペレーターさんだったわ」
「いや、論点は服のあるなしではないのだけれど。あと『お』の使い方が気持ち悪い」
水着も大概だけれどね。てかポスターサイズにプリントアウトしてくれるお店ってあるんだね。
「あと『絶対ザマア禁止』って張り紙はいかがなものか?」
毛筆でえっらい格好良く書かれているけれども、書いてある言葉はサイテーだな。
「あらいやだ、ザマアはオススメできないからだわ。まぁピーナツでもお食べになって」
と言いながらユウは殻付きの落花生を差し出してきた。
「そう、それだ! なんで殻付きの落花生がケーキスタンド乗ってるんだよ」
「えっ、お好きでしたわよね?」
「好きだけれども、そこじゃないんだよ」
「ああ、そうでしたわね。二段目にあるものは実が入っておりますので、混ざらないように殻は三段目にお捨てになってくださいませ」
「ちっがーーーう。あと一番上に栄養ドリンク乗せるな。バランス悪いから」
「はて? えっとこれはぽーちょ……ポーションですわよ」
「なにびっくりした風のきょとん顔なんだよ。リポケルって書いてあるだろ」
なんにせよ、この絵面はカオスすぎるぞ。なんてときめかないケーキスタンドなのだろうか……ないわー。ケーキとかスコーンを乗せておけば女子的にはテンションあがるんじゃねーの?
「そもそもザマアできないなら追放され損では? 追放とザマアは等価交換だからね」
「庶民に追放を施し、ザマァを回避して自分を救う! これぞノブレスオブリージュですわよ」
「意味がおかしくなってるからな! それは施しじゃなくて搾取ですよね? 貴族が高慢にすぎる。封建制滅べばいいのに……」
ノブレス言いたかっただけだろう。というかザマアできない物語なんて先細りもいいところじゃん。とはいえ逆の立場だったらたしかにザマァされるとやだな……ならしかたないか……って納得できないからね。
「ユウがザマアを禁止するならば、ボクは追放を禁止するからね」
「やめて、それだと追放できない」
不平等な約定にもほどがある。
「ところで今の状況をなんというのかわかるかしら?」
「えっ。か、かおす?」
「ちっがーーーう。お茶会ですわ。つまりティー・パーティーなのわよ」
「なのわよ? ああ、そっちか」
ところどころでちょいちょい語尾がおかしくないか。取って付けたようなお嬢様言葉が性に合ってないんだろうなと思うと自然とにやにやしてしまう。
「キミに捧げるアドバイスはこれですわよ! 貴方はお追放でございますわ」
お茶会からの追放。パーティーが違うんだよな~。
「舌の根も乾かないうちに……。その台詞いいたかっただけだよね?」
この一言のために、どーでもいいシチュエーションを徹底的に追求する女、ユウの本領発揮である。アホ過ぎて愛おしくてツライ。
「丁寧にお嬢様っぽく言っても同じだからな、それにさっきお願いした追放の理由が添えられてないじゃないか」
「あら、わたくしとしたことが――そうですわね。キミには気品つまり慎ましさへの愛が足りないからですわ」
「どこをどうしたら気品が足りないことに?」
「うふふ。レイアウト調整中に
「まさかのザ・ボクンチ・ディー・パーティーだったわ」
ボストンで海にお茶の葉っぱを捨てる事件じゃないんだけどなぁ。激しい痛みを伴ってボクに到来していますよ。あと貧乳イコール気品みたいな論調はいかがなものか?
「断固抗議するよ! そんな自治権を剥奪されたような追放劇には同意できないよ」
「追放だわ(いい意味で)」
「いやいや、どう見たって悪い意味でしょ」
「追放だわ(褒め言葉)」
「ごまかし方が雑じゃない? こんな嬉しくない褒め言葉なくない?」
「追放だわよ(ご褒美として)」
「あれーボク、ドMと違うからね?」
「そもそもどうしてボクをそんなに追放したいのさ」
「キミのハーレムにわたしをいれてくれないからだわ」
「へっ、ボク、いつのまにハーレムもってたの?」
「えっ、あるの?」
「疑問に疑問でかえされると、困るんだけど」
ちょっとまて、その虹彩のない瞳やめて、こわいこわい、いきなりメンヘラっぽくならないで。もうなんていうかぐだぐだだな。
ともあれ、今日はもう遅いしそろそろこのクレイジーなお茶会を終了したいと思いますよ。そう自主的にパーティを追放されるパターンを模索してみるのもありだろう。
「そうだなぁ。俺はパーティーに不要だからクビだ!」
「え~~~っ! 理不尽だよ」
「え、その口がそれをいっちゃう?」
「いっちゃうよ~」
そうか、ならしかたないか。我ながらユウに甘すぎる気がするんだけどね。でも楽しそうにしてたからいいいかなって思っちゃうんだよね。
それから特に何もせずに、隣にくっついて腰をおろして紅茶を飲む。ぽつりぽつりと学校のこととか話してはいるけれど、会話もなく流れる静かな時間もまたボクたちのいつもどおりの過ごし方だ。
たまにクッキーを口に運ぶサクサクという音とともに夜も更けていくってものだ。というかそのクッキーをなぜ最初にださないんだよ。
あと服着なさいよ、ちょっとゴホゴホしてるじゃんか。
二二時を回る前にはお開きになってユウも帰っていった。軽く部屋の片付けをして、明日の用意を済ませて寝ることにしますかね。軽くね。どうせ謎のレイアウト変更と合わせて掃除までしてくれるしね。そうそう肖像画はそのまま貼ってありますよ、合掌しとくかね。
「あれ、やられた。ボクの宿題のノートこっそり持って帰ってやがるぞ」
肖像画のお礼として考えれば安いものなのかな?
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