第13話

「私、貴由と付き合うことにしたから」

「……………え」

 一大決心の告白から1週間後の朝。

 俺は学校へ来るなり衝撃の展開に見舞われ、しばし硬直する羽目に陥った。

「え…あの、付き合う……って…」

「?……恋人として、だけど……って、貴由から告白して来たのになんなの」

 そう、あれからほとんど会話もなく、どことなく避けられていた莉愛さんから、唐突に『了承』の言葉を頂戴できたのだ。


 それは『やはり無理だったか』と思い始めていた矢先のことで。

 俺が『夢か』と疑い自分の頬を何回も抓ったのは、もちろん言うまでもないことだろう。


「あ、いや、それは解ってるんっすけど…ま……ま、マジっすか……??」

「結婚するかどうかは付き合ってみてから決めるけど、それでも良いならね」

 俺は絶望しかかって『こんなことなら告白しなければ良かった』とまで思い始めていた。

 それなのに莉愛さんは、ひどくあっけらかんとした様子で俺の目の前へ立つと、なんでもないことみたいに俺との交際を宣言してくれた。

 しかも、よりによってクラスメイトらが見ている、その目の前で!!!!????いつもと変わらぬクールな表情のまま、『私、貴由の恋人になるよ』──と!!!!!!!!!!!!!

「え……ちょ、んだよ、マジか!?」

「くそっ、貴由の野郎……ッッ」

「しかも、けけッ…結婚だと……ッ!?」

 案の定、周囲にいたクラスの男子らが、物凄い目で俺を睨み付けてきた。いや、まあ、莉愛さん、実はクラスの密かなアイドルだったし…その気持ちは解らないでもないんだけど。ううっ、全身に突き刺さる視線が痛え…!!

「イイも何も、じ、十分っす!!俺、莉愛さんのこと、大切にしますから!」

「うん。そうして」

 けど、そんなことは言ってられねえ。つーか、嬉しすぎて気にしてる余裕なんてなかった。

「何日も考えたけど…やっぱり貴由のこと、私自身がどう思ってるか解んなくてさ」

「そ、そうなんすか…?」

 俺を見上げてくる黒い瞳。小さく揺れる黒髪。ほんのりと微笑んだピンク色の唇。

 そこから告げられる現実は、ほんのちょっぴり俺を気落ちさせたけれども。

「だからさ…貴由」

「は……はい」

「私のこと欲しいなら、私を惚れさせてみてよ」

「…………………ハイッ!!」

 これは俺に与えられた、人生最大の試練とチャンスだ。そんな風に考え直すのに、時間なんか必要としなかった。そうだ、俺は俺自身の力と器量と魅力で、莉愛さんを惚れさせなきゃなんないのだ。その為の機会を、莉愛さんが与えてくれたのだから。

「俺……ッ、俺、頑張りますから!!」

「うん。期待してる」

 大好きな人。好きで好きで堪らない、愛しい人。


 前世の頃から心に刻み込まれていた、何より誰より大切な俺の莉愛さん。


 無理だと思っていた。儚い願いだと諦めかけていた。

 彼には、彼女には、琢磨さんが居るから。

 彼が、彼女が、世界で唯一魂を繋いだ男が居るから。

 俺なんかには無理だと。振り向いてなど貰えないと。そう、ずっと心に枷を掛けていた。


「大好きです!!莉愛さん!!」

「うん。知ってる」

 俺のこと、男として好きかどうかは解らない。だから、女として俺と付き合ってみて、それからどうするか決める。莉愛さんはそういう形で、俺の告白を受け入れてくれた。だから、ここから先は俺が頑張らなきゃならない。


 志鷹莉愛という1人の少女に、人生を賭けても良いと思わせる男になるのだ。

なって見せなくてはならないのだ。俺は。


 そうして俺と莉愛さんは、この日からめでたく『恋人同士』となったのである。


 嬉しくて、幸せで、けど、その反面で、物凄いプレッシャーも背負っちまったけれど。

 でも、最初からそんくらいの覚悟が無くては、俺は現世における琢磨さんの『宝』を奪うことなどできないだろう。そして、肝心の『宝』自身もきっと、そんな俺を選んでくれなどしないはずだ。

 俺は、俺自身のことを、もっともっと莉愛さんに知って貰って、そして、彼女の興味を引き、魅力感じて貰わなくちゃならないのだ。

 普通の女相手でも大変なことなのに、よりによって莉愛さんを相手に…と、考えるだけで眩暈がすることだが、それだけに頑張りがいもあるというものだろう。俺が好きになったのは、それだけ凄い女なんだから。

「あ、最初に言っておくけど…私が『イイ』と言うまで、キスもそれ以上のことも駄目だから……って、琢磨が」

「あ、はい…」

 これからはともかくとして、まずはこの喜びを伝えたい。ほんとはキスしたいところだけど周囲の目があるから、ハグくらいで…と勢いのまま抱き締めかけたら、莉愛さんに『待った』を掛けられた。

 たぶんそれは俺と付き合うと言う莉愛さんに、父親として琢磨さんが付けた条件なんだろうと思うが。しかし、うう……なかなかに厳しい制限だ。だが『彼女の父』としての言葉となれば、さすがにこれは俺の修行と思って甘んじる他はない。

「あの……じゃあ、どこら辺まで…」

「うーん。手を繋ぐとか、抱き締めるくらいなら…まあ、イイかな」

 でも、全然触れないのは哀しすぎるので、どこら辺までなら良いのか聞いてみたら、ハグまではオッケーだとのこと。良かった…それすら出来ねえと言われたら、この先に絶望の未来しか待ってねえとこだった。

「じゃあ…改めて……!!」

「ん」

「大好きです、莉愛さん」

 出鼻を挫かれたけど、俺は無事に恋人としての莉愛さんを抱き締められた。

 途端、周囲から冷やかしのヤジやら、嫉妬とヤキモチ混じりの悲鳴、下手くそな口笛などが飛び交ったが、もはやそんなものどーでも良かった。


「………そろそろ、授業を開始しても?」

「あ…………はい」

 教壇で待ちぼうけを食らっていた担任の先生に気付いたのは、熱烈なハグの数秒後だった…という恥ずかしい事実は、最後にオマケとして付け加えておく。

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