ねじ巻き的アイデンティティ装置
トン、テン、カンと鍛冶場から軽快なリズムが奏でられる。
それは秒針をなぞるかの様に正確で、きっと聴いていて心地の良いものなのだろう。
一方その頃
とある研究所の一部屋で、白衣を纏った男…科学者Aとでもしておこうか…
彼が大きな叫び声を上げる。
ひとしきり叫んだ後
「やった…遂にやったぞ…」
彼の手のひらには小さな腕時計
時計の製造が法律で禁止されたこの国では、彼は犯罪者ということになるのだが…
世紀の大発明とも呼べる彼の功績に比べれば、例え国からの永久追放だろうが屁でもない。
「これでようやく…俺もお役御免か…」
化学者Aは役目を全うし、その命をつ終えようとしていた。
だが、まだ一つだけやるべきことがある。
「この"時計"を…彼女らに…」
それから月日は流れて、ある時間、ある場所にて。
「それが…とけい、ってやつ?」
「そう、そうなのよ!」
「なんか…変なの、小さい針が回ってて……これで何がわかるの?」
「聞いて驚け!これでねこれでね! 時間がわかるのよ!」
少女は誇らしげにフフンと鼻を鳴らす。
それに対する少女…仮に少女Bとでもしておこうか。
もちろん、時計を見せたのは少女Aである。
少女Bは不思議そうに首を傾げる。
「でも、時間ならねじ巻きを見ればいいじゃない」
正論である。
少なくともこの世界ではそれが当たり前のことなのである。
時間なんて陳腐なもの、時折ねじ巻きを見るだけで十分なのだ。
「分かってないなぁ…」
ため息混じりに、加えてドヤ顔で少女Aが言う。
「いい?サレール、時間ってのは大事なものなんだよ?例えば…」
少女Bの名前はサレール、と言うようだ。
「例えば、時間がわかったら待ちあわせとかに遅れないし…」
「そんなの、何処どこにこれから集まろう、って連絡すればいいじゃない」
「でもでも、途中で行けなくなっちゃって、これからどれくらい後になら行けるとか時間がわかれば…」
「だからそれも連絡すれば…」
そうなのだ、この世界では時間や空間の概念が発達しなかった。
それもこれも全て"ねじ巻き"のせいではあるのだが、彼女らにはそれが当たり前なのだ。
少女Aはかろうじて時計の有用性に理解を示したようだが、彼女とて十数年間をこの世界で生きている。
生まれ持った"常識"を覆すのは、決して簡単なことではない。
ふと、サレールが顔を上げる。
「あぁ…そろそろ"ねじ巻きの時間"だ…」
この世界では、時間、という言葉はねじ巻きのためだけに使われる。
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