「初陣・――特別な、夜明け」
宿舎の二段
天幕は雨と風をしのいでくれるが、地面の固さは防げない。二枚の毛布を
ひとり旅であれば、
人間ひとりが運ぶことのできる量、重さは限られる。重い装備が加わる分、余計な道具は重さを
そうやってできた、この満足ではない寝床において、ニコルは眠らなければならない。眠らなければ
そんなことを、起きているのか眠っているのか
「ニコル、ニコル、起きなよ。見張りの時間だ」
「…………あぁ…………」
「これを
「うん…………」
マルダムが小さな板状のものをニコルに差し出した。銀色の包装紙に包まれたそれをニコルは受け取って包装を解き、樹液を
「う…………! やっぱりこれ、すごいね…………!」
「軍用の特製品だ。一日一枚にしておけって言われてる。
先に出たマルダムに続き、
「おはようございます。交代します」
「ああ、やっと交代か。あと三時間くらい寝られるかな」
「三時間寝て、三時間立って、三時間寝るのは
「お
「ああ、お疲れ」
その方向を向いている人間は、自分たち二人しかいない。
あと三時間したら夜明けが来る。夜が明ければ中隊は出発し、予定の順路を回る。
その夜明けを立って待ち続ける二人に、今は時間の感覚を伝えるものはない。頭上の遠くに広がる星の動きは
朝が来るのは、東の空から
「明日からは
ニコルと目を合わさずにマルダムが直立不動の姿勢でそう言った。後方の篝火の明かりが薄く照らされる土の地面に、自分たちの
「
「休暇…………」
この騎士団に入って初めての休みだった。
「ニコル、君は知り合いの家でのんびりさせてもらうって言ってたね」
「うん。実家のように
「いいなぁ。
「マルダムは、実家に帰ったりは……ああ、少し遠いのか……」
「片道に一日かかるんじゃ、帰れないよね。もう騎士団に入ってから一度も帰ってないさ。正騎士になると数日の休暇があるらしいけれど、そこまで行くのはいつの日なのやら」
「厳しいね……」
「厳しいのはニコル、君も同じさ。君の方が
「恋しいけれど、
ニコルは半分、自分に言い聞かせるように唱えた。
そう、これは自分で決め、自分で始めたことなのだ。
折れる自由も自分にはあるのだろうが、そんなことはみっともないと思うのが少年の
「それが僕と君の違いなのかな……。僕は親に言われて、気は進まなかったけれど
「どういうところからそう思うんだい?」
「ゴーダム
「やっぱり見られているよね」
別に後ろめたいことではないのだが、噂になるという
「それだけ気に入られているのなら、
「……それが、僕が騎士に向いていない理由なのかな?」
「
「…………」
マルダムのその言葉に、ニコルは言葉が返せなかった。
「ゴーダム公爵閣下は確かに実力本位の人だ。だけど、この公爵領だって公爵閣下だけの裁量では動いてない。騎士に上がるには体の技術だけではダメさ。周りの支持も
「……自分から人脈をつないでいくのが苦手っていうのは、そうかも知れない。僕は受け身な方だから……」
「君を知った人間は君を好きになる。でも今は君に対する噂が先入観を作って
「反論できないのが悲しいよ」
「でもそれが君のいいところで、君がズルくなれないところを人は好きになるんだろうな……特に、公爵閣下みたいな方はそんな不器用な人間が大好きだ。ご本人が不器用だからね。公爵閣下は政治的には
「そうなんだ……」
「僕なんかはただ不器用なだけだけど。ニコルと
「――今日も、昨日みたいに盗賊たちと
重傷を
「しばらくは僕と二人で動こう。君はまだひとりで戦場を立ち回るのは危なっかしいね」
「そうだね……よろしく頼むよ、マルダム」
「お任せあれ。その代わり手柄は半分こでよろしく」
「ははは。しっかりしてるなぁ」
「言ったろ。世渡り上手じゃなければダメだって」
ニコルは笑いながら、東の地平線に目をやり続けた。
「あ…………!」
まっすぐに走る空と地上の境界線に、すっ、と白く薄い
「――朝だ……」
夜が明けると朝が来る。何でもない、今までにどれだけ
しかし、ふたりの心にはそうは感じられなかった。
そこに足を固定する
闇が光に
「なんか、
「うん――――」
周囲に近づくものを
――今朝の夜明けは、特別なもの。
マルダムが呟いたこの言葉を、後にニコルは思い出すことになる。
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