「出逢いの仕方について」

 ゴーダム公爵こうしゃく本人に対して願い出たフィルフィナの面会希望は、あっさりと承認しょうにんされ、すぐさまに面会の場が設定された。


 先に応接間に通され、無人の部屋へやにて待機させられたフィルフィナが家具のすべてに目を走らせる前に、とびらが開いてゴーダム公本人が入ってくる。


「フォーチュネットはくログト殿どのの使いの方か」


 対面に設置されているソファーの向こう、重厚じゅうこうな様式の机の向こうにゴーダム公は着席する。それをずっと直立で待っていたフィルフィナは軽く一礼した。


「はい。あるじから公爵閣下にお伝えすべきことを預かり、ここにまかしました次第しだいでございます」

「マートン商会の件か?」

「よくおわかりで」

「わかるのも無理はない。数時間前、マートン商会の本店にぞくなぐんできてな」


 手にしていた一枚の書類を目の高さにかかげ、ゴーダム公は読み出した。


「午前八時過ぎごろ、マートン商会の本店に突如とつじょ賊のひとりが侵入しんにゅう、それをはばもうとした三十三人の従業員に重軽傷を負わせた挙げ句、マートン商会社長を失神させるほどの打撃だげきを食らわせ、悠々ゆうゆうと立ち去ったそうだ」

物騒ぶっそうなお話ですね」

「そのくせ、人的被害ひがい以外はなにもなかったという調書が提出されている。賊は何のためにマートン商会の中枢ちゅうすうねらったのだろうな」

「さあ……ただ暴れたがっていただけではないのですか? それか、実は何かを盗まれてはいたのですが、それの存在を他者には知られたくなくて口を閉ざしているか……」

何故なぜか説得力を覚える説だな、今一瞬いっしゅん納得なっとくしかけた。それで用のおもむきは?」

「まずはあるじ、ログトからの書簡しょかんに目をお通しくださいませ」

「ふむ」


 フィルフィナが一通の手紙をゴーダム公爵に手渡てわたし、公爵はそのふうを切った。広い便箋びんせんにびっしりとき込まれた字を目で追い、二度読み返してから公は口を開いた。


「……偶然ぐうぜんというものはあるものだな。マートン商会についての件だ。伯がマートン商会の実質的な所有者であったとは今知った。わたしの不勉強だな、これは」

「マートン商会の経営陣けいえいじん体制はこの二十年以上大きく変わってはおりませんから、無理もないことかと」

「マートン商会の社長が我がゴーダム家に行ってきた所業に関する謝罪、か。なるほど、知らぬこととはいえ、自分の監督かんとく不行き届きがそもそもの原因……」


 ゴーダム公爵が書面を読みながら頭の中で考えをまとめる間、公爵からややはなれて立つフィルフィナは目を閉じ、顔を軽くせていた。というかこのメイド服姿の少女は最初からこの場で目を開いてはいなかった。


「この数年の、不当な値上げ分の返還へんかんも行うと書いてあるな。確かに割高な取り引きであったとはいえ、違法いほうな取り引きではなかった。これについては……」

「それについては、主の誠意とお受け取りください」

「こんな政治力のない、世渡よわた下手べたの公爵にごまをすってもいいことはないぞ」

「なんのなんの。主はゴーダム公爵閣下のお人柄ひとがらを尊敬し、厚い信頼しんらいをおいております。それは利潤りじゅんとは別の問題でございます」

うれしいことだ。伯とは今後とも親しくお付き合い願いたい」

「主にそうお伝えさせていただきます」

「それはそうと、かけられよ。茶の一杯いっぱいでも飲んで行かれるがいい」

「いえ、わたしは用が済みましたら早々に失礼させていただきますので……」

「ではひとつ、そなたに問いたい」


 どうぞ、と返したフィルフィナに、ゴーダム公は椅子いすの上で背筋をばし、全身に多少の緊張きんちょうを乗せて言った。


「どうしてそなたは目を閉じたままなのだ?」


 その風のような言葉を、目を閉じたまま対するフィルフィナは全身で受け、流した。


「そういえばマートン商会で暴れた賊はそなたくらいの背丈せたけで、覆面ふくめんからのぞいた目がとても印象的な色をしていたという報告が上がっている」

「そうなのですか」

「美しいアメジスト色のひとみだったそうだ。まず、滅多めったに見ない色だな。そしてその色には私は少し引っかかるものがある」

「なんでしょうか」

「アメジスト色の瞳は、エルフの王族に特有なものということを私は知っているのだ」


 フィルフィナの目を閉じ、済ましきった顔にほんのわずかに、うす波紋はもんが走った。


「八年前まで我が領内のおくの森にエルフの里があったのだ。私はおもむいたことはないが、どのような場所であるかは先代から申し送りを受けている。干渉かんしょうけろ、ともな。だいたいの事情は聞いている。その中で、エルフの王族についての話もあった。先代や先々代は、細いながらもエルフの里と交流をしていたらしいからな。特に不幸な争いが間で生じてしまった時は、双方そうほうが協力して事態の収拾しゅうしゅうに当たったそうだ」


 ゴーダム公爵は机の前から立ち上がった。訪問客用のソファーに歩み寄り、下座の席の前で立った。


すわられよ――いや、どうかお座りください」


 公爵が、メイド姿の少女に向かってこうべれた。


「エルフの王族に連なる方とあれば、一王国の公爵でしかない・・・・・私などは対等に接することができる立場ではありません。どうか」

勘違かんちがいをなさらないでください」


 フィルフィナは頭を下げた公爵よりも深くこしを折って、うやうやしく言った。


「公爵閣下とあろう御方おかたが、わたしごときメイドに頭を下げるなどあってはならないことです。どうか頭をお上げください」

「…………」


 頭を下げたままゴーダム公爵はその言葉を受け、数分間もくし、息をめさせて何かを考えていた。


「確かにわたしはエルフです。しかし今は、閣下がご覧の通りの身の女。そうそう、これは余談かも知れませんが……」


 フィルフィナもまた深い一礼をしたまま、敬意を示しつつ言葉を続けた。


「八年前に王都から差し向けられた、エルフの里への討伐とうばつ軍。それに閣下が参戦されなかったことを、同胞どうほうたちは高く評価しております。同胞たちはこの地を離れ遠方の地に移りましたが、ゴーダム公爵家とのえにしは決して忘れておりませんよ」

「……王弟殿下でんかによる参集命令を無視したのはなかなか勇気がる決断であったが、無視をしてよかった……」


 ゴーダム公爵が、ゆっくりと頭を上げた。


「王弟殿下が率いた軍がエルフたちと戦ってどんな顛末てんまつむかえたかは聞いている。避難ひなんするエルフたちの殿しんがりを務めたひとりの戦士によって、王弟殿下は真っ先に額を射貫いぬかれ、率いていた軍も文字通り蹴散けちらされたそうだ。そのために欺瞞ぎまん情報を流布るふさせねばならなかったほどのひどい有様だったと聞いている」

「そのようですね」

「参戦したとなると、私が騎士きし団の先頭を切って戦わなければならないところだった。私も王弟殿下と同じ運命をたどることになったかと思うと、今更いまさらだが寒気がする。生きているということは素晴すばらしいことだな」

「このような形でお会いできた幸運を、わたしもみしめているところです」

「まったくだ。出逢であいは友好であるに限る」


 みをこぼしたゴーダム公は再び机にもどり、大きな革張かわばりの椅子に腰を下ろした。


「ログト殿にお伝え願いたい。これまで通りの友誼ゆうぎ、これまで以上の友誼をこちらからも心から望む、と。……それと」

「それと?」

「とてもいい少年を紹介しょうかいしていただいた」


 この瞬間しゅんかんだけは、混じり気のない本当に心からの喜びをゴーダム公はくちびるに乗せていた。


「伯が紹介してくださったニコル・アーダディス。伯が融資ゆうししてくださったことのお返しとしてかれの紹介を受けたが、こちらからお礼をせねばならないほどの少年だった。私が責任を持って預かり、指導させていただくと伯には伝えていただけるか」

「もちろんでございます」

「しかし出逢いとは、本当に奇遇きぐうなものであると感じるな……」

「はい」


 フィルフィナはソファーに腰をしずめ、公爵が便箋にペンを走らせる音を聞いていた。

 窓の外に視線を向け、ガラスの向こうに見える青い空をながめる。

 帰れば、ログトとリルルにいい報告ができる。それだけで今日きょうは素晴らしい日だった。

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