「鈴と、光と、号令と」
「ええぇ……おいおい、おいおいおい、これはちょっとないだろ、展開的にさあ」
完全球体の四分の一を切り取った形の
「リルル嬢とサフィーナ嬢を
光を生まない闇の中、フェレスの眼前で何枚もの
「期待していたんだけれど、がっかりだ。いいところまでやってくれるとは思っていたんだが、ボクもまだ人を見る目がない、ということか。へこむね」
ゴーレムの両腕、そして胸部に内蔵された砲が全てサフィーナに向けられているのを、何枚もの映像が示していた。二人でいたからこそ走り回り引っかき回せていたゴーレムが、この瞬間からサフィーナ一人だけを
「面白くなくなったなぁ。まあ、取りあえずニコルくんのご機嫌をうかがうとするか。恋人が逃げていった心境とやらを聞かせてほしいしね」
フェレスが軽く念じると、目の前にあった十数枚の窓がことごとく消えて行く。最後に残った大きな一枚が映す場所を切り替え、ニコルがいる部屋を天井から見下ろす光景が表示された。
◇ ◇ ◇
『ニコルくん、どうだい。リルル嬢が逃げ出したのをそちらでも
「――――」
天井から響く声にニコルの
『おや、あんまり
「いえ……リルル
『らしい?』
「子供の時、よく二人で玉のぶつけ合いをしていました。当たっても痛くない、
『それで?』
「それで、リルルは……いえ、これ以上はやめておきます」
ニコルが瞬間、顔を
「それよりサフィーナ様の方が心配だ。フェレスさん、もうサフィーナ様に攻撃を加えるのはやめていただけませんか。危険です」
『彼女が降伏したらやめるよ。ボクは彼女を負かそうとするけれど、別に殺したいわけじゃあない。キミからサフィーナ嬢を説得してもらえないかな。音声回路を
「今、ここで水を差したら僕はサフィーナ様に怒られます。サフィーナ様はそういう方ですから」
『以前の主君の娘で、二年間ほど交流があったんだね。まあ、彼女の人間性については
「絶体絶命の危機の時です」
『キミに対しては
笑う気配が天井の向こうでした。ニコルはちらとその方向に気を取られたが、すぐに壁に投影されている映像に目を向ける。ゴーレムが砲撃を再開し、
『では、彼女の本質を問うとするか――答えは数分後、かな』
◇ ◇ ◇
ゴーレムが三門の砲身を全てサフィーナに向け、右腕、胸部、左腕の順番で砲撃を連続させた。一門の発射間隔は五秒ほど――二秒に満たない
ゴーレム自体の知能はさほど高くない。調子をずらしたり先読みをするということもせず、ただ機械的にサフィーナを
背中に
「くぅぅぅ――!!」
直撃すれば命はない。千度を軽く超える熱の中で瞬時に
そんな恐怖と肌を密着させるようにして、次々に
「こいつ、弾切れという
「なんとか、接近しないと!」
ゴーレムの額に刻まれた文字列、そのいちばん左の文字を削って消せばゴーレムは停止する。ニコルが教えてくれたその事実だけを信じてサフィーナは右手のムチを振るった。
「っ!」
サフィーナが地面を
ムチの特性を活かして自分に向けて急接近しようとする少女に対し、ゴーレムが取った処置は実に単純で、効果的だった。
「あうっ!」
サフィーナの体が、飛んだ勢いのまま地面に横倒しに叩きつけられ、長い距離を転がった。手に持ったムチの切れ端が無惨な断面を見せていた――ゴーレムが、首に巻き付いてきたムチを引きちぎったのだ。
焼けた床に全身をくまなく打ち付け、数十回視界の中で天地が逆転し、少女の体が止まった。
激痛の中で一瞬意識が飛び、
「あぁ……」
顔を上げたサフィーナは、自分の視界の全部を
その片方が持ち上がる。寝台の広さほどはある足の裏が見え、それがサフィーナを影で覆い隠した。
「――待って」
少女の手が震えながら、上がった。それがサフィーナに
「待って、くださるかしら。最後に、話がしたいの。私はもう
『――ゴーレム、待ちたまえ』
またも天井から響いて来たフェレスの声に、サフィーナを
ちりん……。
『そのゴーレムは頭がよくないんだ。犬猫よりも話が通じない。ボクが代わりに聞こう』
「そう……じゃあフェレス様、あなたでも結構よ。待ってくださり、ありがとうございます」
『それで、話とはなにかな? 降伏してくれるのかい?』
「降伏は……しません」
『んんん?』
弱々しい声ではあるがはっきりとした少女の口調に、首を
『降伏してくれなければ、この戦いを終わらせることはできないよ。キミを敗北判定したらいいのかい? もうキミは戦えない状態だと思うけれど』
「そうね……私はもう、戦えません。体中が痛いわ……でも、私は降伏はできないの」
『わからない話だなぁ。なら、強引に決着をつけて幕引きさせるしかない。それがどういうことかキミにだってわかっているだろう』
「私が死んだら勝負がつく。理解しています」
『もう戦えない、しかし降伏はしたくない――なんだね? このまま殺してくれっていうことかい?』
「――ふふ」
苦痛に歪む表情の中でサフィーナは、確かに、笑った。
『……サフィーナ嬢、はっきりいっておくよ。ボクはそんな残酷な性格じゃない。キミがゴーレムに踏み潰されてぺしゃんこになる姿なんかは、見たくないんだよね。そりゃあ、命を
「お優しいところもあるのですね」
『と、いうことだ。
「わかります」
『わかってくれたら、納得してくれるかな。……降伏する、でいいんだよね?』
「降伏はしません」
『わかってないじゃないか!』
フェレスの
ちりん……。
『それは貴族の
「――よくわからないんですが、どうして私が降伏をしなければならないのです? 降伏は負けている方がするものでしょう?」
『なに……?』
ちりん、ちりん……。
『――なんだ、さっきからしているこの音は』
ふわあ、とまたも大きく風が動いた。
ちりりん……と鈴の音に似た音――いや、鈴の音そのものの音が響く。
フェレスはそこでようやく、音の発生源に気が付いた。
『ゴーレムの首から鳴っている? ……これは』
先ほどサフィーナがゴーレムに巻き付けたムチ。それをゴーレムが引きちぎった際に首に残った、巻き付いたままの切れ端。その先端に鈴が取り付けられているのを、フェレスは見つけていた。
『この鈴は……特殊な波動を送っている。いや、昔に見たことがあるな。これは――』
「双子の鈴、と呼んでいるものです。その鈴をつけた者同士の位置と方向を探り合う、エルフの魔法の道具」
『確かそんな名前だった。しかし、どうしてそんな鈴を、このゴーレムに……待った』
フェレスの声が
『キミがゴーレムにムチを巻き付けたのは、ムチの
「ご名答です」
『――いや、でもそれにどういう意味が。そんなことをしていったい、なんになると……』
「それは、もうすぐわかりますわ。ほら」
薄く煙る空間にふっと、一条の細い糸のような真紅の光線が伸びた。
その光線はゴーレムの首――まさしく双子の鈴に当たって、赤い光の
『これは……』
フェレスは
その先には、五十九階に続く階段があるはずだ。
『まさ……まさか……』
「ふふ」
サフィーナは微笑み、右の耳から下がっているイヤリングを指で
「――ゆっくり上に」
光線の傾きが上がる。ゴーレムの首に当たっていた光点が、魔法金属の表面を
そして、額の上で赤く輝く魔法の文字列、『emeth』に到達した。
「止めて」
文字列をほんの少しだけまたいで、光点は停止した。
「少し左に。ほんの気持ち――そう、そこ」
光点が左にやや流れた。文字列の左端『e』の真上に固定される。
『これは――――!』
「これで、大丈夫よ。
さあ、撃ちなさい――
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