「庭師の名」
リルルとサフィーナは、
「――風に吹かれて倒れて、折れでもすれば、取り返しがつかなくなるからね……」
「リルル、ウィルウィナ様も」
「うん」
「サフィーナ、あなたにこれを渡しておくわ」
「……これは?」
サフィーナの手の中に、銀色に輝く腕輪が収まった。二人の右手首にある『黒い腕輪』と、全く同じ
「これはエルフの一族に伝わる、最も貴重な秘宝――『銀の腕輪』。左腕に
リルルが左手首を見せた。同じものが『黒い腕輪』の対になるように装着されていた。
「私たちが日頃使っている魔法の
「万の軍隊……」
今から戦う相手は、万の軍隊に
「
「全然」
サフィーナが見せた笑みに、リルルも微笑んだ。同時に、お互いに無理をしているなとも思う。――怖くないはずがない。しかし、怖がっている
できるだけの準備をしようと水、
フィルフィナの行李を開けた途端、火薬の臭いがむっと鼻を突いたのに二人は苦笑した。中には見慣れない形の爆薬、爆弾らしいものや、折り
「無人島だから色々試せると思ったのかしら。フィルらしいわね……」
寝台の上で
「――リルル、行きましょう。ウィルウィナ様の言葉が正しいなら、
「わかっているわ、サフィーナ」
時間もなければ、敵もわからない。全てに不安しかない中で、リルルは
「……フィル、待っていてね。必ずみんなを救ってみせるから。だからそれまで……」
◇ ◇ ◇
リルルとサフィーナは
「――銃の山から光が放たれたとウィルウィナ様は
「ただの火山と判断するのが、そもそもの
「じゃあ、火口の中をのぞけばわかるのかな……
自分たちのちょうど真上を
「――リルル、あの鳥に見覚えがない?」
目を細めたサフィーナに
「あれは確か……ひょっとして、昨日の夕食にクィルちゃんが食べさせてくれた鳥?」
「形は似てるみたい。丸焼けになって森の木に引っかかっていたといっていたけれど――」
サフィーナがそこまで口にした時に、異変は起きた。
銃の山の頂上を目指して飛んでいた鳥の群れに
炎が
「は――――!?」
リルルとサフィーナの見開かれた瞳の中で、翼の先まで燃え上がった鳥たちが羽ばたきを止めた姿で落ちていく。
それが遠くの森に
「……あ……あれが、昨日の鳥料理の正体……なの……」
「――リルル、空を飛ぶのはやめた方がいいわ。歩いて行くわよ」
「さ……賛成……」
冷や汗を
◇ ◇ ◇
ニコルは、寝台の上で動かずに待っていた。
今、自分は
この部屋がある建物の内部の状況すら不明であれば、
「体に、ケガはない……
服装は連れ去られた時のままだが、腰から
「あの剣は、失うわけにはいかないんだ。どうにかして取り戻さないと――」
「自分の身より、剣の方が心配かい?」
その高音で硬質な声音に、頭を抱えたニコルが背筋を震えさせ、本能が扉の方に視線を向けさせた。
「心配しないでいい、剣はここにあるよ。大事なものなんだろう。君は気絶していても、これを放さなかったからね」
そこには、神官が着用するそれを思わせる、
足音を立てずに部屋に入ってきたその人物――明るい
ニコルは目を
「あなたは……?」
「全く
人の目を吸い込み、引きつけて放さない、魅力的な微笑みがニコルの目の前にあった。
美青年にも見えるその顔立ちは、少し角度を変えれば絶世の美女にも見える。人の物とも思えない美――いや、本当に人の物ではないようにニコルには見えた。完成された、完成されすぎた美。作り出された美、というのが正しいか。
「まずは名乗らせてもらおうかな。ボクは庭師、と呼ばれている者だ」
おそらくは自分をさらった張本人であるはずなのに、まるで
「庭師……ですか?」
「呼びにくければフェレス、とでも呼んでくれたまえ。本当の名前ではないが、僕は他に名前の持ち合わせがない。名付け親がいないものでね。ああ、剣はここに置いておくよ。ご
少し離れて
「人と会うのは、本当に本当に久しぶりなのでね。失礼があっても大目に見てくれるとありがたいな」
「――僕の名前を、ご存じなんですか?」
「君が、王都エルカリナの警備騎士団に所属している准騎士であることも知っているよ」
フェレスと名乗ったその人物はニコルの側まで歩み寄ると、親しげな間合いで寝台に腰を下ろすや、胸から一枚の板を取り出した。
気が付けば、目覚めたニコルの様子をのぞき込んでいた先ほどの、栗色の髪をしたメイドの少女もそこにいた。寝台からは十歩ほど離れた位置で目と口を閉ざし、無言で立っている。両の足を合わせているのに、頭がわずかにも揺れていなかった。
「家族構成は祖母のローレル、母のソフィア……君が生まれる十日前に死んだ父親は、同じ名前なのか。さしずめニコル・ジュニアといったところかな。母親がフォーチュネット伯爵家に
「――どうして、父の名前まで」
ニコルの背中が
「説明がしにくいね。ボクがこの世界において知らないことはない。いや、調べられないことはない、というべきかな。とにかく、ボクはそんな立場の人物だと思ってくれればいいよ」
「……よく飲み込めませんが、僕を空に連れ去ったあの力といい、まるで別世界なこの部屋の産物といい、あなたがただの人でないのはわかります。ですが、その割には
「んん?」
ニコルの目が
「あなたは、リルル嬢を連れ去るつもりが、
「ふむ、なるほどね。失礼だが君はいくつか
細く長い指がパチンと音を弾かせると、壁の動く写真を投影する板が強い光を発した。反射的にニコルの目がそちらに向き――そして、大きく見開かれた。
「――フィル!」
魔法の板と
その全員の肌が樹木の肌に変わり、枯れ木の色になり果てて
「ウィルウィナ様も、クィルにスィルも――! ……リルルは、サフィーナ様は!!」
「ああ、そんなに興奮しないでいい。みんな生きている。特に、ご令嬢方はなんの異常もないよ」
相手を視線で焼き切るくらいの熱を帯びたニコルの目を真正面から受けても、フェレスは平然としていた。いや、そのニコルの瞳の色を楽しむ余裕さえあった。
「殺すつもりなら、もっと簡単にサクッとやっているさ。いくらでも機会はあるのだから。ボクの言葉を信じてくれていいよ――信じられないかい?」
「…………」
奥歯を
「君が望みとしているエルフの一族は今、行動不能だ。それが第一の勘違い。そして二つ目の大きな勘違いは」
ず、とニコルの心の隙に入り込むようにフェレスの体が近づいた。体を動かした気配もない。
「あ、えっ?」
反射的にニコルの腰が浮くが、肩をフェレスに軽く抱かれた途端に力の全部が抜けた。
「な……!!」
脳と筋肉をつなぐ神経の回路、それが半ばで切断されたかのように手足に力が入らない。わずかに指が動くくらいのもどかしさにニコルが戸惑う。
糸の切れた
「ボクがキミを連れ去ったのは、間違いなんかじゃない。最初からキミが目的だったんだ。――美しい人、といったろう? キミを一目見た時から気に入ったんだよ。だから」
「えぇ……!」
するり、と布が
ニコルは今、最大の恐怖を覚えていた。
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