「少年と少女と、風、海、太陽」
「そーれっ!」
サフィーナが手首に受けて打ち上げた玉を追い、砂浜を
背の高さより少し上くらいに張られた
「はぁ――いっ!」
「わぁ――っ!」
風を巻いて少女の手の平が
「やったぁ!」
「リルル、絶好調ですわ!」
笑顔でリルルとサフィーナが手の平をパン! と打ち合わす。
「どうしたの? ニコルも全然ダメじゃない。フィルだって反応が遅れてるわよ」
「……ちょ、ちょっと事情があって」
無駄な
「わたしもです……お嬢様たち、す、少し手加減してください」
フィルフィナもまた、メイド服から
「だぁめ。二人とも本気になったら、私たちなんて全然かなわないんだから」
「そ、そこをなんとか……」
「早く鞠をよこしなさい、フィル。こっちの攻撃なんだから」
「あぅぅぅ……」
「そーれっ!」
「うわ」「わふっ」
再び少女たちの腕が、脚が風を
その波打ち際を
その母に付き従う
クィルクィナの前ではこれも簡易のコンロが置かれて火がかけられ、数本のトーモロコシが弱火で
二人はまるで置物と化して
穏やかな時が過ぎていた。
海の匂いを運ぶ風、浜に打ち寄せる波の音だけが、時間の流れを
世界からこの島だけが
無限に打ち寄せる波が無限に白い
「ねー、ママ」
「なぁに、クィルちゃん」
またも砂の上で少年とエルフの少女が無様に砂に突っ込む。その様をぱっちりと開いたアメジストの瞳に映しながら、クィルクィナは
「あのニコルきゅんって、すごい騎士なんでしょ? でもあれを見てると、全然そんな風に思えないよ? さっきから
「ふふ。それは仕方ないわ。目の前でリルルちゃんとサフィーナちゃんがあんなお姿なんですもの。ニコルちゃんの男の子が大変なのよ」
「ほへ?」
「……ちょんぎってしまえばいい。男なんてそれで終わり」
半開きの目を
「ダメよ、スィルちゃん。ニコルちゃんはママのお気に入りなの。あなたたちもニコルちゃんを知ったらきっとゾッコンになるわよ」
「そうかなぁ」
「……フィル姉様までだらしがないのは、何故」
「フィルちゃんは、リルルお嬢様にお熱だから」
「お嬢様のおへそが目の前でちらちらしてくれたら、もう視線が引きつけられて反応どころじゃないでしょ」
「あのフィル姉様が……わからない」
「あ、またこけた」
跳び上がったリルルの打ち下ろしを顔面に受けたフィルフィナが、猫が
「たくさん動いて疲れましたわ。スィル、氷をちょうだい」
「……
「ブルーで。たっぷりかけてね」
「……まいどあり」
スィルスィナは足元の大きな箱から、手の平ほどの断面積をした真四角の
「スィルスィナちゃん、私もかき氷欲しいな。
「……まいどあり」
機械の一部となったかのように、スィルスィナは無機質に氷をかき続けた。
「ニコルちゃんは?」
「しばらく泳ぎたいとかで、先に上がっててほしいと」
「うふふ、うふふふふ。若いっていうのも大変ね――」
ウィルウィナの言葉の意味がわからずリルルとサフィーナは顔を見合わせた。
「お嬢様たち、このトーモロコシも食べてよ。もう
「じゃあ、そちらからいただこうかしら」
貴族の令嬢がふたり、砂浜で下着姿とそれほど変わらない格好で、立ち食い同然にものを食べる、という品格もなにもあったものではない光景だ。しかし、それを
「クィルちゃんもスィルちゃんも泳ぎなさいよ。せっかくの海なんだから」
「あたしはこの前に船から海に落ちた時、サメに追っかけられたんだよ。だから海は
「……エルフは森の民……」
「南の島よ、白い砂浜に青い海よ。楽しまなくっちゃ――じゃあ、ママは一泳ぎしようかしら」
簡易寝台から身を起こし、サンダルを脱いだウィルウィナが浜の砂に足跡を刻みながら海岸に歩いて行く。背中に垂らした豊かな髪と
「――ウィルウィナ様って、本当にすごい人ね」
「ママは色々規格外だからねー。あれで里では『人間嫌い』って顔してる。よくやるわ」
「……本性がバレてないのが不思議なくらい」
「本当はとても優しく、いい方なのは見ていてわかります」
無駄に力を発散するように泳ぎまくっていたニコルと交替するように、ウィルウィナはしずしずと海に入っていく。ためらわずに沖に向かって海面にもぐり込み、そのまま
「あ、上手い」
「まったく、
妹たちが無言で差し出してきたトーモロコシとかき氷を交互にかじり、フィルフィナが
「いいじゃない、楽しいし。フィルも素直じゃないわね。なんだかんだで付き合いはいいもの」
「……わたしは、あの
「あ、手を振ってる」
海岸に沿って体を流すウィルウィナが大きく腕を振る。リルルたちもそれに手を振って応え――。
「え」「あ?」
――手を振って応えるリルルたちの視界の中で、ウィルウィナの背後から波を
「ウ、ウゥ、ウィルウィナさまァ――――!?」
「なにかしらー?」
自分の真後ろに出現した
そんなウィルウィナに、大岩にも食らいつけるほどに大きい口を開けて
「きゃ――!?」
「きゃ――!!」
少女たちの悲鳴が響き渡る中、巨大ザメはウィルウィナに鼻先を激突させて海面下に押しやった。水柱と共に二者の姿があっという間に消え、それをたった十数メルト先で目撃したニコルが、いち早く反応してリルルたちの元に全速力で走った。
「ぼ、僕の剣を! ウィルウィナ様からいただいた、魔法の剣を!」
「きゃ――!!」
ウィルウィナの胴体を、トーモロコシをかじるように丸ごとくわえ込んだ巨大ザメが海面下から跳び上がり、その全体像をさらす。リルルの髪の色に似た、銀に青が混じった体色が一瞬だけ陽光を反射してきらめき――再び海面に突入して、激しい飛沫を上げた。
「――クィル、スィル、戦闘態勢!!」
「武器が手元にないよぅ!!」
「ちぃっ!!」
「きゃ――!!」
ほとんど間を置かず、巨大ザメの背にまたがったウィルウィナが海面から飛び出し、
「あ――面白い。みんなびっくりした?」
「びっくりしました!!」
笑顔で巨大サメの頭部を
「下見に来た時に仲良くなったのよ。名前はジョーズくん。気のいい男の子なのよ」
「ニコル様、剣を貸してください。あの
苦笑いをしたニコルは、両手と胸で剣を抱え込んだ。
「…………ウィルウィナ様、心臓に悪いですからそういう冗談はやめてください!!」
「ごめんなさいねぇ、リルルちゃん」
跳ね続ける心臓を上から押さえるリルルにぺろりと舌を出し、ウィルウィナは全く反省のない顔を見せた。
「と、いうことで悪いサメはジョーズくんがやっつけてくれるわ。みんな安心して泳いでね」
「悪いエルフは誰がやっつけるんですか?」
「ま、まあ、いいでしょう。みんな、泳ぎましょう。この白い浜は、私たちの貸し切りなのですから」
ニコルが、リルルがサフィーナが、エルフの三姉妹がそれぞれの
濡れた髪を手で
◇ ◇ ◇
楽しく、幸せな時間はあっという間に過ぎ去る。
心から笑い、遊び、
夜の
そこにはウィルウィナがいう『保養施設』と、旅の大目的である温泉があった。
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