「エルフメイド・フィルフィナの華麗な一日」(午前・その一)
「えっ、今日はフィルはついてきてくれないの?」
「先日からそう話していたではありませんか」
朝の八時過ぎ、フォーチュネット邸に
四人乗りの馬車は一頭立てだが、その
身分ある人物を乗せるに
「向こうには、クィルクィナもスィルスィナもいます。お嬢様たちのお世話は二人で十分でしょう」
「えー……フィルとお
「わたしは観たくありません」
フィルフィナはきっぱりといった。理由は明らかだった。
「『快傑令嬢』の演劇なんて誰が観たいものですか」
「だから興味があるんじゃない。サフィーナから誘われた時から、私は楽しみで楽しみで……」
「……どうせわたしは登場しませんからね」
「なぁに? フィルったら
「そういうわけではありませんが……」
今まで号外を含む一切の新聞記事に登場しない、快傑令嬢リロットの相棒であるエルフの少女。当然それが快傑令嬢をモチーフにした芝居に登場するはずもなかった。
「とにかく、わたしは興味が持てないのです。それにお嬢様のお世話から離れている間に、わたしにはしなくてはならない用事が山積みになっているのです。サフィーナたちと楽しんできてください」
「ちぇー」
リルルのおしりを押して馬車の中に押し込み、フィルフィナはこれで会話は打ち切りだとばかりに、バン! と扉を閉めた。
「いってらっしゃい。みなさま、お嬢様を無事に届けてくださいませ」
「かしこまりました」
フィルフィナの一礼を合図にして、
貴族の令嬢同士が遊ぶにしても、その訪問にはそれ相応の格式を
「……まあ、人間だけに限ったことはないんですけれどね」
リルル専属のメイドであると同時に持つ、もう一つの自分の肩書きを思うとフィルフィナはまた、ため息が出た。
エルフの里の王女――
今は母である女王が現役なのでまだまだ遊んでいられるだろうが、半世紀もすれば代替わりの問題が出てくる
その時には、リルルもこの世を去っているはず。エルフと人間は同じ歩みの速さで生きられない――。
「――う」
心にずきりと走った痛みを押さえ、振り払ってフィルフィナは屋敷に一度戻った。
今日は一日外出で忙しい。用事をこなしていかなければ。
◇ ◇ ◇
フィルフィナは屋敷を出、早朝と同じ東行きのラミア列車に乗った。が、前に降りた乗換駅では降りずにもう一区画東に進み、王都の東の端を
労働力や消費者として王都の基盤のひとつをなすこの階層は、暮らしぶりがみすぼらしいといって、王都から排除されるわけもない。この街で誰かが
大通りの交差点の駅でフィルフィナは降り、今度は南行きの列車に乗る。
一区画行けば、この王都である意味最も特異な区域――
◇ ◇ ◇
ラミア列車を降りたフィルフィナは、道行く人々の多様さを
人間以外の種族、
基本的に亜人はよほど特別な種族でない限り、居住権が認められていない。そんな不法居住者である彼等だが、
亜人と人間の
「――――やめてください」
フィルフィナの耳が髪の中でぴくり、と動いた。風に乗って
「やめてください、お願いです、乱暴はしないでください」
「可愛い
無言のままにフィルフィナの
「ふへへ……その可愛い服の下からは、どんな可愛い体が出てくるのかな」
「人を……人を呼びますよ!」
「こんな路地の奥じゃ、声なんて聞こえねぇよ。聞こえたところで、助けに来てくれるような親切な奴も、こんな街にはいねえってもんだ」
袋小路に追い詰められた線の細い妖精の少女を前にして、
「大人しく俺に食われな。天にも
「――天国に行くのはあなたですよ」
「あん?」
振り向いた狼男の
声も上げずに壁にその顔面を
赤く生々しい
「大丈夫ですか」
「あなたは……」
「名乗るほどの者ではありません」
フィルフィナは服を乱していた妖精の少女に手を差し
「気をつけて歩かなければダメですよ。ここは治安がよくないのですから」
「ありがとうございます、このお礼は……」
「さ、早く行きなさい」
妖精の少女は何度も頭を下げ、足早に
「……まったく」
息をしている以外は、死体と変わらない狼男の頭を靴先で一度蹴りつけてから、フィルフィナもまた路地裏を出た。
そのまま歩みを止めることなく進み、変わり
「――さて」
フィルフィナは、『ティーグレ観光案内株式会社』と小さな
その建物の前では、フィルフィナの身長の倍はあるのではないかという巨大なオーガがふたり、
「これは、
「会長! おはようございます!」
フィルフィナが口を開くよりも早く、ふたりのオーガは同時に腰を直角に曲げる最敬礼を行った。
「おはようございます。ティーグレはいますか?」
「組長なら、朝早くから姐さんが来られるのを待っています! 今呼んできますので、姐さんはここでお待ち下さい!」
「十階にいるのでしょう? わたしから行きますよ」
「と、とと、とんでもない! そんなことをしたら、俺たちが組長にこっぴどく
「気を
フィルフィナはオーガたちに案内され、すっ飛ぶようにひとりが階段を
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