「その五」
「またこいつがおしっこ引っかけたー!」
リルルが通っていた学校の教室、リルルの部屋と同じくらいの大きさの部屋。
「なんで、いつもいつもあたしにおしっこ引っかけるのよー!」
わんわんと涙とよだれを
「あらあら。ジミはいつもお
エヴァが部屋に入ってくると、それまで無秩序に走り回っていた子供達が一斉に立ち止まり、そして一斉にエヴァの元に駆け寄って来た。
「エヴァ先生ー!」
「先生、遊んでー!」
「ダメですよ、もうお昼ごはんの時間なのですから。みんなで食堂に行きましょうね」
エヴァはたちまちに取り囲んでくれた子供達の頭を、
「わぁぁぁ! こいつ、こいつあっちいけー!」
「くぃる、くぃる」
「クィルじゃなぁい! あたしはあんたなんか嫌いなんだからー!」
「あははは」
下になにも
「クィルのことが好きだから、気を引きたいのかしら」
「もっと他の方法で引けー!」
「布団を洗っておいてね、クィル」
「なんであたしがぁぁ――!?」
それでもクィルクィナは、ほかほかと湯気を上げている小さな布団をかつぎ上げた。
「
側にいたリルルを突き飛ばすようにして、クィルクィナは泣きながら部屋を飛び出した。表の井戸の側で
「……あの子は、サフィーナの所で働いてるんじゃなかったの?」
「そうよ? だから私もここにいるわ」
リルルの肩が
頭に白い布を巻き、お出かけ用の簡素なドレスの上に
「……リルルお嬢様、こんにちは」
クィルクィナと双子の姉妹であるスィルスィナもその隣にいた。顔立ちの見分けはつかないが、表情と反応が全く正反対で、リルルはこのふたりを
「サフィーナ、あなたもここに?」
「ごきげんよう、リルル。今日も精が出るようね」
いるはずがない少女がいるのを目の当たりにして、リルルは
「どうしてここにサフィーナがいるの? 私、ここの場所のことまでは教えてなかったと思うけど?」
「サフィーナ様はよくお越しになられますよ」
「エヴァ、私に様なんてつけることないのよ。友達じゃない」
「ですが、子供達の手前ですから……」
「サフィーナちゃん、ごはんできたの?」
「ええ、できました。みんなで食堂に行きましょうね」
「ごはんだー!」
「あああ、あなたたち、サフィーナちゃんなんていってはいけません。サフィーナ様、とお呼びしないと」
「サフィーナちゃま、ごはんたべよう!」
「す……すごい勢いね」
目を回されたリルルはその場にへたり込む。そんなリルルに、エヴァの手が
「みんな元気いっぱい、嬉しいやら困るやら――これが毎日なのよ、ふふふ」
「これが毎日……」
立ち上がったリルルは、気が遠くなってまたへたり込みそうになった。これなら快傑令嬢となって悪者や警備騎士たちをムチでしばいていた方が
「子供達が元気であれば、わたしも元気になれるのよ」
最後にくっついている小さな女の子をエヴァは抱き上げた。まだ上手にあんよができない二歳くらいの子供か。
「力をもらっているのはわたしの方。……三ヶ月前は子供に触れようと思ったこともなかったわ」
そうだろう、とリルルは思う。実際、平民を汚い物を見るようにしていたのだ――かつてのこの
今、そんな名残はどこにもない。
彼女を見て、ほんの少しの前まで
「お母さんって感じね……」
エヴァと女の子は頬をくっつけ、離し、くっつける
「私たち、あなたにひとつ飛び越された感じだわ。ねぇ、サフィーナ」
「そうね……」
「……ママ」
エヴァの腕に抱えられている女の子が
「まあまあ。先生はママではないですよ。エヴァ先生と呼びなさい」
「ママ……」
「ふふ、仕方ないのね」
子供達にとっては、エヴァは本当の母親同然――いや、本当の母親だ。それはエヴァと子供の間でもそうだろうし、リルルとサフィーナにもそうとしか見えなかった。
「さあ、食堂に行きましょう。あなたたちも食べていって」
「ええ……それで、サフィーナ」
「はい?」
「どうしてあなたがここにいるのか、その答えを聞いていないんだけど……」
「それは、食堂に行けばわかるから。さ、私たちも」
「……食堂に?」
食堂になにがあるのだろう。リルルも何度も立ち入ったことがある部屋だが、そんなびっくりするものは置いていないはずだ。
「……まあ、行けばわかるか……」
◇ ◇ ◇
食堂に入って、リルルは本当にびっくりした。
「やあ、リルル」
そこには、エプロン姿のニコルがいたからだ。
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