「深い森からの、解放」
カデルが
「――う、う、う――」
祈りを
「く――――!」
――と、背中に感じていた圧迫感が、ふわ、と消えた。
瞬間後には訪れると覚悟していた死が、自分の背中を
「…………え?」
砂のような細かい
「え? え?」
少女がひとつ
ほどなくして、灰色の砂ぼこりを全身に浴び、うつ伏せに倒れているドレス姿が
まだ頭の
「動けないか」
「あ……あなた……?」
「潰れているところはないようだな。運のいい娘だ……」
リルルが
「失礼」
少女を
「……ど、どうして……」
「
まだ無事な姿で残っていた玉座に、カデルはリルルを座らせた。続いて
玉座を中心にして、半径一メルトほどの床が
「これは……
「いいか、よく聞け」
「この玉座には、
「……私を殺さないの? どうして?」
「どうしてだと?」
遠くでまた爆発音が響く。その気配の
「
「あなた……」
「――すまなかった…………」
リルルが目を見開いた。まだ奥の方がしびれている頭でも、その短い言葉はリルルの頭――いや、心にぶつかってきた。
「お前は信じてくれないかも知れない。だが、私はお前に
カデルの頭が、力なく下がった。血に
「あ……あなたも来るのよ!」
「これは一人用だ。助かるのは、一人だけだ」
カデルの口元に、
「……お前は生きねばならないのだろう。だから、お前は生きろ。私はここで
「あなた……」
「これを、持っていけ」
肘掛けに埋め込まれていた真紅の
「――こいつはもう、
カデルはそれを紙クズのようにその場に転がした。実際、もう意味がないものだった。
「そういえば、お前に……
カデルが背を
「遅ればせだが、私も名乗ろう。私はカデル。カデル――」
その続きを口にしようとして、カデルは迷った。ほどなくして、またも
「――いや、もう、私はただのカデルだ。名無しのカデル……それが私の名だ」
「カデル……」
リルルの
「リルル・ヴィン・フォーチュネット嬢。私はお前に負けた。いや、そもそも、勝負にすらならなかった。闇の奥で
リルルにそれを拒否する理由は……ない。ただ、カデルの唇の感覚を手袋越しに感じるだけだった。
「もっとお前と話していたかったが……もう、時間もないのでな」
少年が
「待って! まだ、話は終わっては――」
「さらばだ、優しいリルル」
カデルが、身を
「待っ――――」
リルルは手を伸ばすが
「ああ…………」
少女が最後に残した香りが鼻をくすぐるのを感じる。今の今までそこにいた少女の残像を思い浮かべると、微笑しか出なかった。
もう、あと数分の命だというのに、その数分を幸せな心地で過ごせるのが、ただ、
「……さらばだ……」
リルルの体に
「はは、はは、は……。これが、私にお似合いの玉座ということか……まったく……ふふ……」
爆発音の歩みが近づいてくる。竜の『内臓』の
「……母上、申し訳ありません。母上にいただいた命ですが、カデルはそれを
胸から取り出したペンダントの
――中には、
「母上…………」
斜め横からの顔を見せている、三十歳を少し過ぎたくらいの女性。飛びかけた色の中でも、長い髪の銀の色だけが、まだ
「……いうほど、似てないな…………ぐうっ!」
横殴りの爆圧と爆音、爆風がカデルをまともに殴りつけた。意識を
「く、うう、ぅ……」
腹を、胸を、顔を地面に叩きつけられる。体の前から後ろから打撃が加わってきて、激痛の嵐の中にカデルは
「脚が……脚が、寒い、寒いな……。……あ、ああ……道理で……」
再び天井から降ってきた石材が、下半身を潰していた。頭から急速に血が下がって行く。ここがどこであるかという認識もあっという間にあやふやになっていく。
顔を起こすという意思すら
――目の前に人が立っている。
そんなことは、あり得ないはずなのに。
「お……ま……、え、は……?」
見上げた。
「……どうした……何故、まだここに……」
――コナスがいた。
丸っこい体型をし、丸っこい顔つきで、丸っこい微笑みを無言で浮かべて、カデルを見下ろしている。
「…………先に、向こうに行って、いるのではなかったか……。のろま、なのだな……ふふふ……」
微笑み続ける……続けるだけのコナスは、
いや、カデルにもわかっている。それが、ただの
だが、幻でも、嬉しかった。
「……
少年の目から、あたたかい涙が流れた。リルルに流させられ、今、またコナスに流される涙。
母が死んだあの時に、それを湧き出す心の泉などは、もう
だが、悪い気分ではない――いや、いい気分だった。幸せだ、とも思えた。
「お前にあんな目を
コナスは応えない。表情も変えない。声も出さない。
それでも、カデルは満足だった。
死ぬ時に一人ではない。十分だった。
「闇の中に引きこもっておらずに、陽の当たる世界に自分から出て、あのリルルのような娘や、お前のような人間に……もっともっと、色んな、多くの人間に……」
そうしたら、こんな愚かなことは、しなかったのかも知れない。
……いや、違うか。
「……違うな。私が弱かった、それだけだな……」
闇の霧に覆われていた心を、涙が洗い流していく。目から涙が汲み出される度に心が晴れていく。
どうして、今の今まで気が付かなかったのだ。
素直に泣くことができていれば、自分で自分を闇から救い出すこともできたのに。
自分の人生は間違いだった。だが、最後の最後にでも、それに気づけたのは幸いだった。
間違いに気づけたのだから、今は正しい道にあるのだ。
最後には、正しく生きていられた。たとえそれが、数分のことであっても――。
「……コナス、こんなことを頼めた義理では、ないのかも知れないが……頼む……」
地響きが伝わってきた。カデルは目の奥から
それでも不思議に、世界は明るかった。
「もしも、向こうで、お前と、会えたなら…………その時は、私の、ともだちに――」
燃え盛る星の爆発から発せられるほどの光が、カデルに残された世界の全てを満たした。
爆発がその場の全てを
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