「王城直下の大迷宮」
王都エルカリナは地下
リルルとフィルフィナは以前、ラミアの女性・シーファと共にニコルを救い出すべく、
今は、その認識が改められていた。
王都エルカリナは、地下迷宮の上に存在しているのではない。
「これは……また……もう……」
フィルフィナが感心したように――いや、完全に感心して周囲を見回していた。
人が三人ほど横に並べばもう
ひっきりなしに出てくる無数の
侵入してくる外敵を内部に引きずり込み、消化するように
――いや、彷徨っているというのは、正確な表現ではなかった。
「ふん、ふふん、ふふふん、ふふ――ん」
前進を開始してからというもの、首をひねり続けているリルルとフィルフィナの前に立って歩くコナスは、気楽な調子で曲名のわからない鼻歌を歌っていた。
なんの歌なのかとリルルが聞くと、「作曲している途中の、快傑令嬢の主題曲なのさ」という答えが帰ってきて、リルルはそれ以上聞くのをやめた。
「ここ、曲がるよ。あ、そこは罠の発動があるから気をつけて。壁際を歩くんだ。それから壁にも触れないようにね。そうそう、床しか刺激しちゃダメだからね」
迷宮――巨大な迷路であるはずのその空間をコナスは、一切迷うことなく歩き続ける。まるで頭の中に迷宮の全ての情報が詰まっているかのように。途中、百回以上も細かい指示がその口から出るが、二時間歩き続けて足が止まることはなかった。
「……コナス様、まさか、この迷宮に一度……?」
「来たことなんてないよ」
コナスが返す。振り向きはしなかったが、口元に――
「ただまあ、僕にはわかるんだ。いや、
「視、える……?」
意味がわからない。なにが視えるというのだろうか。
「おっと、ここの角を曲がれば、階段が見えてくるはずだよ」
直角に曲がった曲がり角を折れると、予言通りに傾斜のきつい階段が現れた。
階段の先をリルルはのぞき込む。何十段、あるいは何百段あるかわからない、
「あれは……」
少女の心にゾクッとした悪寒が冷たく刺さる。あの闇の感じは、リルルが見た覚えのあるものだ。そう、『結節の空間』の闇の気配と同質の……。
「いよいよ目的地ということか。迷宮は抜けたわけだ――ちょっと待ってね」
コナスの足が止まりその手が水平に払われ、初めての停止の指示を出した。あまりにも順調に進む
「ここからは、階段を下りるだけだ。もう罠もなさそうだし……そろそろいいかな」
背中を見せながらコナスが何かをいじくる気配を見せる。フィルフィナが自然に前に立って
「よいしょ、と」
コナスが
「ありがとうね」
「……コナス様、右目の調子が……?」
「ああ」
振り向いたコナスが右目にしていたものに、リルルはわずかに声を
「僕の右目はまあ、ずっと昔からおかしいんだ。気にすることないんだよ。それよりも……ああ、これは君に渡しておいた方がいいね」
「君もあの女王陛下のお身内なら、これがなにかはわかるだろう?」
「……はい、母から聞いております」
フィルフィナの手がその袋を受け取り、決して落ちないように懐に入れられる。
「リロットを補佐してあげてね。ここからの僕は役立たずだから。この下に下りたら大変なことになるんだろうな……」
コナスの目がリルルに向けられた。いつもの
「他に手がなかったとはいえ、君たちをこんな所に引っ張り出さなくてはならなくなった自分の
「コナス様……?」
その目が遠い。リルルを見ているようで、遙か遠くを見ているように見える――。
「君たちには命を
自分の語りの調子に気づいたのか、コナスが乾いた笑いを小さく上げて頭を
「
『――ベクトラル伯爵』
リルルとフィルフィナ、コナスの歩み出した足が、止まった。
『残念だが、君の旅路はここまでだ』
胃の全体が
「危ない!」
コナスの手がリルルとフィルフィナを強い力で突き飛ばした。
「あうっ!?」
二人の体が投げ出されるようにつんのめり、突き飛ばしたコナスの体がその場で一段、
「う、わ――――!」
コナスの体が、
「僕にかまうな! 早く、先に、先に――」
リルルが、腕を
「コナス様! コナス様!」
呼びかけが飛ぶ。――が、返事があるわけがない。聞こえるはずがない。
「……あの魔法陣で、どこかに転移させられましたね……」
「双子の鈴で、だいたいの方向はわかるはずよ! 助けにいきましょう!」
「なりません!」
フィルフィナがリルルの手首をつかみ、首を激しく左右に振った。
「……目的の場所は目の前です。コナス様をさらっていったのは
「だからって、コナス様を放っていくわけにはいかないでしょ!」
「
リルルの声を押さえ込むように、フイルフィナが
「わからないのですか! 敵はわたしたちの時間を
「フィルはエルフだから、相手が人間だからそんなことがいえるのよ! 私はコナス様を見捨てては――」
いい切らない内に、その
「ぅっ!」
目に見えないほどの速度でリルルの両の頬を打った平手打ち――二発目を右の
「な……なにをするの! フィル!」
「取り消しなさいっ!」
張り裂けるような
「リルル!! ――今いったことを、今すぐ取り消しなさい!」
右手の構えを解かないフィルフィナが、うなり声を上げる寸前の猫のような眼を見せて、リルルをにらみつけていた。
「フィ…………フィル…………」
その切れ長の印象を思わせる目の端に、大きな涙の粒が浮かんでいることに、リルルの
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