第三部「右手に勇気を、左手に希望を」
プロローグ
「巨頭閣議」
エルカリナ王国の基本的な政治方針は、一人の
国王は提出された方針について
任期が八年の副宰相職。連続の二期はない。それぞれが
その副宰相が、だ。
「――副宰相の四人のうち、二人が
前年、四十代前半という異例の若さで副宰相に
副宰相の一人であったゲルト侯爵が二週間前、反乱
また、これも副宰相の一人であるエルズナー侯爵が、井戸に毒を
「
相次ぐ
そんな中でこの『異変』だった。
王都の全体を、文字通り揺るがした不気味なうなり声が包み込み、海からは炎の色をした光の柱が突き上がった、原因不明の現象。
夜も明けきらない早朝にも関わらず
王城の高層に位置する
「――
その風に吹かれながらオクセン侯は
広いテーブルに四脚だけある椅子。
五十代前半の冷静で
「――副宰相は我等二人しかいないとして、
一度任命されれば、自ら
現在、
「遅れて申し訳ない」
宰相、今年で八十の
「イェズラム公爵、遅いではありませんか」
「すまぬな。昨日まで死にかけていたのだ」
死にかけていた――かなり
上体も車椅子の背もたれに深く沈み込ませ、その姿勢から少しも体を動かすことができなさそうだった。
「いくらか体調も……いや、戻ってはいないが無理を押さないといけぬ事態なのでな。こうして皆にも集まってもらい、私も参上した」
「頼みますから、その上座でお亡くなりにならないで下さいよ」
シェルナ侯は椅子から立ち上がり、小さく頭を下げて礼を示したが、オクセン侯は椅子に座ったまませせら笑うようにいうだけだった。老人はさっさと去れ、とその顔に書いてある。体が
「心得ているが、万が一の時はお願いする、オクセン侯。さて、全員が
全員――時には重要議題の時は
「議題は、皆もご存じであるとは思うが、昨日の異変についてだ。……私はその異変については目撃はしていない。
「おやおや。あれがそんなとんでもない現象だったというわけですか? なにか
「今から説明する……お前たちは下がれ、この場は宰相と副宰相だけの場とする」
車椅子を押してきたイェズラム公爵の家臣たちが、一礼して退出した。
閣議室に残されたのは三人だけ――扉が閉ざされきったのを確認し、公爵は口を開いた。
「……今から話すことは、王族の方々以外では、宰相から次代の宰相に
有事? オクセン侯の片眼が
「両名とも、今から伝えることは
「またもったいぶられる。まあ、いいでしょう、
「――――」
オクセン侯とシェルナ侯がそれぞれの流儀で了解を示した。そんな二人の反応を確かめてから、長く細い息を
「では、心して聞いていただきたい。この、王都エルカリナの足元には――」
数分後、派手な音を立てて閣議室の扉が開かれた。
「オクセン侯、どちらに行かれる?」
視線を向けるのもしんどいという風に、イェズラム公の目は前に向けられただけだ。一応声はかけているが、もうそれ以上の関心もないようだった。
「わ……わ、私は、副宰相職を辞任させていただく!」
オクセン侯の
「ほう、その理由は?」
「びょ――病気だ! これ以上、自分は
「先ほどまで、軽口を
「周りにいえるはずがない! い……いわないことは約束する! だから!」
「下がりたまえ。もう君に用はない」
オクセン侯が悲鳴のような声を残し、閣議室から足をもつれさせながら
「あの調子では、午前中にこの王都から逃げ出すな。シェルナ侯、貴公の体調は大丈夫かね?」
岩のように表情を変えないシェルナ侯が小さくうなずく。
「それはよかった。君にまで体調不良になられれば、私の
「……少しもめでたくは思えませんな」
この場に座ってから初めて、シェルナ侯が声を発した。
「あの若造も、野望の強さを買って副宰相職に
「具体的には」
「ヴォルテール男爵を
「……ベクトラル伯の
「二人が
シェルナ侯の体がわずかに
「どうやら、まだ完全に望みが絶たれたわけではなさそうだ……しかし、ここからは一つも間違えることはできん。シェルナ侯、宰相の権限を持って貴公に宰相職の代理を命じる」
予め用意していたものか、三通の書状をヴェズザラム公は取り出して、その内の二通を破り捨てた。残った一通をテーブルの上に載せる。
「国王陛下が不在のため、
「
「あとの判断は君に一任する。全ての責任は私が取る。最良と思ったことを実行して……」
「……わかりました」
それ以上の発言は無用、というようにシェルナ侯は手をかざし、立ち上がった。
「私の家来に、車椅子を動かすように……」
広い閣議室に一人になり、イェズラム公爵は目を閉じた。自分の最低限の仕事は終わった。あとは、あの有能なシェルナ侯がどうにかしてくれることを祈るだけだ。
しかし、今死ぬわけにはいかない。自分が死ねば、シェルナ侯が
「……逃げ出したい気持ちもわかるが、な。無理もないかも知れん……」
家来たちの足音を遠くに聞く。今のうちに言葉にできることはしておかねばならない。
それは、文字通り、この王都を
「――この王都の真下に、魔界への入口があると聞かされれば……な」
◇ ◇ ◇
エルカリナ王国が
王都エルカリナを照らす太陽がまだその日の光をわずかにしか届けられない、遠方の大陸の奥深くに存在する豊かな森に、その
森のあまりもの奥深さに人の足も
十年前、人間たちとの
いや、訪れたという表現は間違っているかも知れない。『帰ってきた』というべきだろうか。
その少女は、その里を治める王族の一員――
そして、その少女は、今。
「――――」
閉じ込められた
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