第32話 えっ?

 最初、彼女の母親? 思ったが、それはあり得ない。


 だって、崎の母親だと仮定すれば不自然に若いし、しかも何やらとても良い香りまで漂わせている。


 お姉さん、だろうか?


 でも崎には全然似てない、歳の頃なら二十代中ほど。


 長い髪を一つに束ねて、自然に後ろから胸のあたりに垂らしている。


 そんな無造作なスタイルが、透明感のある容姿と相まってべっぴん効果を倍化させているようだった。


 崎にしてみればこんな綺麗なお姉さんと比較されたら、たまったもんじゃないだろう。


 まあ、崎を掩護すれば、崎は崎で十分綺麗なんだが、綺麗のクオリティーが段違いで完成度ではまだまだ及ばないレベルだ。


 兎に角途轍もない美人(べっぴん)さんだった。


 しかも胸について語らせてもらう機会を与えてもらおう。


 崎母(現時点では疑問符を付言させてもらう)の豊乳は、ブラにきつく締め付けれれているのか、ブルル~ンと大きな上下動をしながら童貞男子を挑発する。


「ダイナマイト・ボディー(死語)!」


 俺の口から思わずそんな、古の言葉が飛び出す。


 勝手に想像するに、紡錘形をしたロケット乳であることはかなりの高確率だ。


 おっぱい星人東日本代表の僕が評価するのもおこがましいが、男の思い描く理想的な形と大きさをしていて、向かうところ敵なしの存在感がある。


 見てはいけないとは戒めても男の性(さが)というものは、そう易々と異性の武器(おっぱい)の魔力には抗えるオスなどこの世に存在しないのだ。


 その強力な兵器で武装している崎母(?)の口から、玉を転がすような甘美な美声がこぼれ落ちた。


 僕の独り言が聞こえているはずの崎母(?)は、黙って微笑を浮かべるだけで、大人の対応に終止する。


「珍しいわね、崎がお友達を連れてくるなんて? いつ以来かしら」


 すると階段の上から崎の声がした。


「早く上がってきて、伊勢君」


 僕は、目の前のお姉さんに愛想笑いを浮かべながら(さぞ情けない面だったろう)、


「そ、そういう事らしいので、おじゃまします。あっ、崎さ……じゃない宮さんとは高校が同じで、クラスは違うんですがいつも良くしてもらっています……だと、誤解を生みそうですね? 全然そういった関係ではなくてですね、一般的なお友達なわけです」


 うわ~。否定すればするほどドツボにハマっていくぅ……。


 良くしてもらっていますって何だよ、いったい! 


 一般的なお友達って……ああ、完全にペース崩されっぱなしだわあ……。


 役者が違うって、こういうことなんだな。


「そんなわけで、あ、自己紹介がまだでした。自分は、伊勢万代と申します」


 変な風に取られたんじゃないかと不安がよぎったが、その不安も、崎の次の一言で大気圏の彼方に吹っ飛んでしまった。


「お母さん、ほっといて頂戴! 伊勢君困ってるじゃない」



 ええっ!? 



 今、崎は何て言った? 


 お母さんと聞こえたんだが……聞き間違えではないよな。


 僕は再度確認のため、振り返って二度見三度見をした。


「おかおか……お母さんでんすか?」


 動揺丸わかりジャン。またしても失態を演じてしまった。


『でんすかっ』て、なんだよ?


「そうでんすわよ、うふふ……あら、でも、そんなに若く見えて?」


 早速、イジられてるし……。


「あの、失礼でなければいいんですけど、義理の……お母さん(継母)ですか?」 


「いいえ、正真正銘、崎の実母です。私の胎内で育てました。私が生みの親です」


 と言ってお腹のあたりをポンと叩いた。


「ちなみに、今は夫が単身赴任でドバイの方へ転勤で行ってるので、独身みたいなものよ。完全フリーな状態。何時でもおいでなさいませって感じよ、うふふふふ」


「いやいや、何をおっしゃてるんだか意味わかりません、お母さん。あは、あははははははは…………」


 人の親に対して、失礼にもお母さんなどと口走った僕の言動は置いておくとして、目の前に立っている、このどこからどう見ても二十歳そこそこの女性にしか見えないのだが…………。


 この人が崎の母親だっていうのか~!?


 肌艶もプリッツプリで、化粧っ気もほとんどなし。


 で、この透明感を維持できているっていうのか?


 信じられん!


 バケモンか!? でなければ異界からの訪問者……いや、刺客に違いない。


 決して童顔という訳ではない。大人の色香漂う、いい女なのだ。


 絶妙な塩梅でスキをのぞかせる、崎の母親の態度は計算尽くなんだろうか? はたまた天然なのか? 


 そのアンニュイな雰囲気を醸し出す圧倒的な色香に、すでに僕の小者感全開のチキンハートは落城寸前。


「あっ、失礼しました。とても若くお見えでしたので、お姉さんだとばかり……」


「いいのよ、そんな事。それに高校生の子を持つ母親に対して『お姉さんですか?』だなんて最高の誉め言葉よ。おせいじでも嬉しいわ、ありがとう」


 と、やや鼻にかかった小悪魔然とした声で応えてくれる崎のお母さんの笑顔に、軽いめまいさえ感じてしまった伊勢万代君であった。

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