崎と万代のにわか料理教室

第25話 お手並み拝見

 場所を僕のマンションに移しての、にわか弁当調理教室の開催。


 本当は崎の家の台所で調理した方が良いのだが、いかんせん崎の自宅までの往復を考えると、食材の確保がしやすいことも考慮して、万代のマンションになるのは致し方ないところ。


 しかし、決定的な理由は、僕が天敵アルティマムと遭遇することを回避するため……だということ崎には内緒にしておこう。


 通常なら、おふくろさんの帰宅は七時半ころから八時の間だから、それまでに後片付けまで済ませておけばいいわけだ。時間的には十分な余裕があるはずだ。 


 僕の立てたプランはざっと次の通りだ――


 まず、前日の夕方僕の家のキッチンで崎が弁当のおかずを作り、一旦タッパ等に保存して崎が自宅まで持ち帰る。 


 翌朝、崎は用意した弁当箱に僕と崎二人分のおかずを僕が詰め、当日朝、自宅で炊いたご飯も弁当箱に詰めて学校まで持参する。


 そして、お昼休みに化学準備室で二人揃っての試食会。


 一応、ここまでで四、五日程度を予定している。


 その後は、崎が自宅でおかずもご飯も両方調理して二日ほど試行した後、本番をむかえるといった手はずなのだが……。

 

「一応、おふくろさんが勤務で家にいない日を選んだが、万が一おふくろさんが返ってきた時のための言い訳も用意しておかないと」 


「私は別にいいけど、万代のお母さんと出くわしても」


 そういうところは女性の方が強いな。男が逆立ちしても敵わないところだ。


「そうはいかないさ。その家の主婦にしてみたら、自宅のキッチンを勝手に他人に使われて良い気はしないだろう。少なくとも僕のおふくろさんは、そういうことにうるさい人だから」


「それはそうかも知れないけど、それならいっそ、万代のお母さんにもお弁当作りをお手伝いしてもらったほうが、時間も短縮できていいじゃない」


「君はよく平気でそんなこといえるなあ? 少なくとも僕は、彼女でもない女の子と狭いキッチンで二人、料理を作ってる正当な理由をだな……」


「ああ、面倒くさい。さっさと料理に取り掛かるけどいいかしら?」


「だから、その……。分かった、始めてくれ……」


 達観してるというのか、心臓に毛が生えてるとでもいうのか、とにかく僕の心配など露ほども感じない崎の逞しさに触れ『きっといい奥さんになるな』などと、余計な想像をめぐらす僕っていたい……。


 鍋やフライパン、まな板や包丁の調理道具は一通りシンク周りに用意しておいた。


一般的な調味料も目に付くところや冷蔵庫に入っている。


 食材さえ用意できればいつでも調理に取り掛かれる状態になってるはずだ。


 崎は、事前にパソコンのレシピサイトからプリントアウトした用紙や、得意料理を書き記したメモ書きも食卓に置く。


 用意してきた自前のエプロンを身にまとうと、さあ“戦闘準備完了”と言わんばかりに、腕まくりをして、まずメインの鶏の竜田揚げの下処理に取り掛かった。


 崎のエプロン姿は様になっている。


 セーラー服の上から身に着けたエプロン姿っていうのも、これはこれで……。


 できれば、エプロンの下は◯◯がいいのだが……。


「あっ、今私のエプロン姿を後ろから見ながら、いやらしい事考えてたでしょ?」


「まっ、まさかそんなことある訳……全く、皆目、ミジンコも考えてないって!」


「慌てるところが、一層怪しいい」


「それより、料理の方を急がないと……」


 崎が納得していないのは承知の上で、平静を装って急場を凌ぐ。


 崎の料理を作る手際を注意深く観察していた僕は、早くもその原因の一端を突き止めた。


 さすがに毎日のように台所に立っているだけあって、料理の手際は良さそうだ。


 包丁の使い方もいっぱしの主婦って感じだ。


 レシピ本を参考にして作っているのだが、調味料の分量の量りかたが大雑把すぎること。


 それと、火加減や時間があまりにレシピとかけ離れていること。


 さらにレシピに書かれていない材料や調理過程が随所にみられること。


 要するに自己流にアレンジを加える事で、レシピ以上の味を再現しようとする無駄な工程が主な理由だと、即座に僕は判断を下した。


「インスタントのカレーも、カレールーの箱の裏に書いてある通りに作れば、下手にアレンジを加えたり、隠し味を足したりするよりもずっと美味しく出来上がるって知ってないかな」


「あれはあくまでもお手本って言うか、基本的な作り方その一って程度じゃないの? そんなこと考えたこともなかったわ」


 崎は自分の今までしてきたことは一体何だったのか、とでも言いたげな少し物憂げな表情で下を向いてしまった。


「包丁さばきは堂に入ったものだし、料理にアレンジを加えるのは何もすべて間違ってるわけじゃないと思う」


 本人は、手抜き料理と謙遜するが、伊達に毎日のように台所に立ち、母親が仕事で忙しい時などには、一人で一家の食卓を切り盛りしてるだけの事はある。


 無駄な動作が一切ないのが何よりの証拠。


 料理の下処理をしながら、並行して洗い物もこなす手際の良さに唯々感心するばかりだ。


 慣れないキッチンでも慌てることなく、テキパキ調理をこなす崎のスマートな手順は、マニュアルや段取り、小手先だけのテクニックでどうにかなる物でもないだろう。


 崎が自分で体に叩き込んだスキルであることは間違いなさそうだ。

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