第9話 早朝の来訪者

 ドンドンドン。

 窓を叩く音で目が覚める。


「こんな朝早くに、一体誰だ?」


 目を擦りながらドアのほうへ向かおうとする。


「いや、こっちじゃない」


 音がしたのは窓のほうだ。180度方向転換する。

 ここは3階のはずだが……

 解錠し窓を開け外を覗く。


「誰もいない。当たり前か」


 首を引っ込めて窓を閉じる。3階の窓をノックする馬鹿がいるはずがない。


「やっほー、キミがローランド君だねぇ?」


 可愛らしい声が聞こえ、再び部屋の方向に振り返る。


「誰だ!? 一体いつの間に入った?」


 そこにいた声の主は黒髪のロングヘアーの少女だ。

 その艶やかな髪は大和撫子という言葉が似合う。

 だが、顔立ちはかなり童顔だ。

「美しくはないな」

 どちらかと言えばかわいい系統のルックスだ。


「うー、いきなり何だい! レディに対して失礼じゃないかー」

「すまない。本音がついうっかり出てしまった」

「余計にひどいよぉ」


 罵倒する意図はなかったが、結果としてそうなってしまった。


「そんなことよりお前は何者だ?」


 侮辱より不法侵入のほうが重罪だ。まずはこいつの素性を明かさなければ。


「自己紹介がまだだったね。ボクの名前はサクヤ。この学園の2年生。つまりキミの先輩だよぉ」

「サクヤって言うのか。見たところエルモニア人のようだが」


 エルモニアはリメリア王国から見て遥か東に位置する国だ。


「よく分かったね。ボクはエルモニアからの留学生だよ」

「それで、何の用があってオレの部屋に?」


 それが一番の重要事項だ。


「もしかしてカイル先生から何も聞いてない?」

「カイル先生から? そう言えば世話役をつけるとか言ってたような」


 そんなことはすっかり忘れていた。


「キミの師匠として選ばれたから、あいさつに来たんだ。よろしくね!」

「師匠ねぇ、オレはそういうのはあまり好まないんだが……」


 色んなシステムに雁字搦めになるのは嫌いだし向いていない。


「そんなに堅苦しく考えなくていいよ。ボクとしては気兼ねなく話せる先輩くらいのつもりだから」


 師弟システムってのはあくまでも名前だけということか。


「胸を借りるつもりでボクを頼ってくれればいいんだよ」


 オレはジッとサクヤのある一点を見つめる。


「あーっ! 今ボクの胸を見てそんな胸どこにあるんだって思ったでしょ?」

「否定はしない」

「フンだ。今はこれでもいずれはボンキュッボンなくノ一になるんだからね」


 サクヤは口を尖らせる。


「それに、自分で言うのもなんだけど、ボクけっこう強いんだからね」

「なら期待しよう。オレの力を受け止めるだけの実力を見せて欲しい」


 事実、気配を消す能力はかなりのものだ。


「任せてよ。ちょうどかわいい後輩が欲しかったところだから」


 オレがかわいいかどうかは議論の余地があると思うが、まあいいか。


「それじゃ、バイトの時間だから行くね」

「バイト? こんな朝早くからか?」

「うん。朝と放課後、学園の近くのカフェで働いてるんだ。よかったらキミも来てね」


 サクヤはそう言ってオレにチラシを渡す。


「じゃあね、バイバーイ」


 両手を合わせ印を結ぶと、桜の花びらがサクヤを包む。

 花びらが窓の外へ飛んでいくと、そこにサクヤの姿はなかった。


「転移魔法? いや、何かしらの忍術か?」


 簡単に背後を取られたのもそれなら納得がいく。敵対はしたくない相手だ。

 あれだけの隠密行動ができる奴がどうしてこの学園に。まさかスパイか?

 だがエルモニアがリメリア王国に干渉できるとは思えない上に、する理由も見当たらない。

 故に彼女が敵対勢力の間者である可能性は切っていいだろう。

 それでも、彼女の真意がただの挨拶だったのか、単純に店の宣伝だったのかは謎だ。

 とりあえず早起きできたという嬉しい誤算があったのでゆっくりと支度を整えよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る