第3話 荒野でバトル!
「いらっしゃいませー!」
ギルド集会ビルの扉を開けると、そんな声と賑やかなロビーの光景に迎えられた。美味しそうに食卓を囲むギルドの人たちやクエストの結果に一喜一憂するプレイヤーたちを見ていると、こちらまで楽しい気分になってくる。シティ・モンスターズで一番利用する時間が長いであろう施設はとても活気のある気持ちのいい空間だ。
「こんにちは! お一人様ですか?」
カウンターに行くと、受付嬢の人が笑顔で対応をする。ネームプレートには『シェリー』と書かれてあった。
「はい、クエストをしたいんですけど……」
「クエストですねー。このタブレットに必要事項を記入してください〜」
シェリーさんは手慣れた様子でタブレットを渡す。難しいことは何もなくて、行きたいマップ、受けたいクエスト、参加する人数、参加者の名前、所属ギルドを記入すれば終わり。私はギルドに所属していないので、最後の項目は『クララ』とだけ入力しておいた。
「これでいいですか?」
「あ、オッケーオッケーでーす! ……って、グランド・オロチ行くの?」
私の入力した画面を見て、シェリーさんの顔つきが変わった。人当たりがいい、柔らかな声から一変、若干ドスの効いた江戸っ子のような声で訊かれる。
「過去の記録を見てもあなたの名前がないから、きっとこのクエストが初挑戦だと思うんだけど、いきなりグランド・オロチは無謀だと思うよ?」
「え、グランド・オロチってやっぱり強いんですか?」
「強いも何も、超上級者向けのクエストだよ。私、このゲームが発売してからずっといろんなプレイヤーを見てきたけど、みんなグランド・オロチで苦しんでいたからね。クララさんのランクを教えてもらえる?」
ランク? また聞いたことのない単語を耳にして、私は口を『へ』の字に曲げた。
「ランクって?」
「パワーリングを操作して、プロフィール欄を見るの。クララさん、ソロバトルタワーには挑戦した?」
「まだですけど……」
「ってことはEランクね。グランド・オロチのクエストの適正ランクはAランク以上だけど、それでも受ける?」
「私、友達に頼まれてグランド・オロチを倒しに来たんです。だから、ここで受けなかったらこのゲームをやる意味がそもそも無くなっちゃう」
その言葉を聞いて、シェリーさんは困った顔をする。内心、「参ったな」とため息をこぼしているのだろうが、私としてもクエストを門前払いされて七瀬に謝るのは面子が立たない。
「ねえ、その友達っていうのは誰?」
「メイアって名前だと思います」
シェリーさんはタブレットに『メイア』と入力し、検索する。同時に「アノマロカリスの子か……」と小さく呟いた。
「わかったわ。クララさん、初期設定でメイアさんの能力をコピーしたかしら? しているのであればクエストを許可するわ」
「コピー? 多分していると思うけど、なんで?」
「メイアさんの固有スキル、【
シェリーさんはそう言いながらも、強引に私の背中をグリグリと押して荒野マップへと続くポータルに案内した。
「まあ、物は試しよ。とりあえず頑張ってみて! 無謀だとは思うけど、目標は高いに越したことないしね!」
学校に行く娘を送る母の様な包容力で私をポータルの上に乗せる。ポータルの中は青い光に包まれ、その光は徐々に強くなり、堪えられなくなった瞼が落ちる。
「いってらっしゃーい!」
次に瞼を開けるとき、私は広がる荒野の中にいた。
何もない乾燥した大地が広がっている。葉をつけない寂しく細い木が何本か生えているだけのマップに転送された私はとりあえずその場で深呼吸をする。
「ふぅ……。グランド・オロチはどこにいるのかしら」
何もわからない私はパワーリングを操作して、次にするべきことを調べる。クエストの詳細ページを見ると、グランド・オロチはこのマップの奥にいると書かれてあった。つまりは、ここからしばらく歩いていく必要があるということになる。
「そういえば、シェリーさんが七瀬のスキルは強いって言ってたけど、どんな能力なんだろ」
変わらない景色を楽しみながら、気になった私はプロフィール画面を確認してみた。
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名前:クララ Lv.1
属性:かけだし戦士 HP:12/12
ATK:5
INT:2
DEF:6
AGI:4
LUK:2
プレイヤーランク:E
固有スキル:操獣
『自分が倒したモンスターを三匹まで捕獲し、使役することができる。なお、使役する場合は必殺技スロットを一つ消費させる』
スキル:対話
『自分が指定したモンスターに人語を習得させることができる』
技
・操獣使用につき消費(アノマロカリス)
・オパビニア・アイ
・三葉虫・シェル
・ハルキゲニア・リバース
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初めてプロフィール画面を見たが、予想以上に七瀬色の強いステータスだな。技は全てバージェス動物群で統一されていて、古代生物オタクの彼女らしい構築になっている。操獣もすでに使用されていて、スロットにはアノマロカリスと表記されていた。地学の授業中に突然このゲームの話になったは、こういうことだったのか。
「にしてもゲームの中でも古代生物なんだね」
そう苦笑する私の足首が突然何者かに掴まれた。驚いた私は足を上に振り上げると、地中に潜っていたミイラ男が勢いよく飛び出る。
「あ゛ぁぁぁぁ!」
「わ! びっくりしたぁ、モンスターね」
冷静に敵との間合いを開ける。敵がどんな攻撃をしてくるのかわからない以上は無闇に近づくべきではない。
「えっと、必殺技はアカウントキーをパワーリングに挿し込むんだっけ?」
チュートリアルでの記憶を頼りに、アカウントキーを挿し込むとパワーリングは深い青色に発光する。
「何これ!? 待機状態? まだ何かするの?」
戸惑っている間にミイラ男は私に狙いを定め、走ってくる。
「待ってッ! ほんとにわかんない! ミイラ来てるし、何か技出ないの?」
思えば必殺技の発動に関するチュートリアルはざっと流してしまっていた。ちゃんと全て聞いておくべきだった、と後悔してももう遅い。私を噛もうとミイラ男は口を大きく開ける。そのときに汚れた歯が見えて、嫌悪感を覚えた私は反射的に叫んだ。
「嫌ッ! 無理、生理的に無理ぃ! なんか守る技……あ、三葉虫・シェルッ!」
神にも縋る思いでプロフィール欄に書かれていたいかにも防御技のような名前の技名を叫ぶ。同時に目の前に三葉虫の甲羅が生成され、甲羅にかじりついたミイラ男の前歯が欠けた。
「ぐあ゛ぁぁぁぁ!」
「お、上手くいった? 叫べばいいのね。わかったわ」
この数秒間で必殺技の打つ手順を理解した私はすぐにアカウントキーをもう一度挿し込ませる。青い光が広がる中、私は大きな声で技名を宣言した。
「おいでッ! アノマロカリスッ!!」
固有スキル【操獣】で七瀬が捕まえていたアノマロカリスを呼び出した。空から大きなゲートが落ちてきて、そこから茶色い甲殻に覆われた怪物が素早く飛び出す。予想以上の大きさに私は言葉を失う。体長2メートルはありそうな巨体。カンブリア紀の王者が私の前に鎮座した。
——これが、私と相棒の出会いだ。
ただならぬ覇気を纏ったソレは静かに私に問いかけた。
「お嬢、ワタシはどうすれば良い?」
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