魔術師に優しくされる結婚生活はじめます
佐槻奏多
第1話 はじまりは
「あぁ……婚約破棄したい」
王宮の庭。
離れた場所からはパーティーに呼ばれた楽団の音楽が聞こえてくる。
そんな中、巷で悪女と呼ばれる私、伯爵令嬢セリナは、木陰でしゃがみこんでいた。
ベンチなんかに腰かけていたら、すぐ人に見つかってしまう。
そうすると煩いことを言われるのだ。
――突き倒されたふりをして、肩に傷を負ったのを王子のせいにして婚約した女、と。
よって、疲れた時は隠れるに限る。
静かな場所にいてしばらくすると、パーティー会場で見た王子と、王子の恋人だというメイドのことを思い出す。
私は最初、メイドのことなど相手にもしていなかった。
平民なら愛人にしかできない。正妃になれない相手なら問題はない、と。
私の目的は、王子の妃という立場であって、人をいじめる乱暴者の王子の愛なんて求めていなかったから。
でも王子は、パーティーに彼女を正装させて同行させたり、貴族令嬢のような扱いをし始めていた。
身分を私以上に気にする王子がなぜ?
疑問に思って調べると、どうやらメイドは亡国貴族の娘だったらしい。
両親を亡くしたので頼る親族もなく、生活のためメイドを始めたのだとか。
(二代前でこっちの王家の血を引いているらしいから、私よりも条件がいいと思ったのかもしれないわ)
しょせん、私は養父になっている伯父の姉が、平民と駆け落ちして生まれた子供だ。
王家の人間の血が入っているとしても、庭師の血がまじった私よりも落ちぶれても平民の血が入っていないメイドの方がいいと思ったのかもしれない。
それに私は、メイドの存在を怒っているわけではない。
そう悪いものではなかったから。
「……癪には触るけど、何か騒ぎを起こすだけであっさり婚約破棄ができるのではないかしら?」
婚約破棄。
そもそも私は、実母を亡くして引き取ってもらった身だ。
言う通りにできなければ捨てると脅され、人をいじめる趣味がある王子と婚約できるように努力したのだ。
だけどもう、疲れた。
たぶん、目的の婚約を果たしたところで、燃え尽きてしまったんだと思う。
最後にはなかなか婚約できないことに焦り、王子に突き飛ばされるよう仕向けて、わざと肩に庭の鉄柵が当たって怪我をしてみせたぐらいだ。
目的を達成しても、喜びなんかない。
私を何度叩いても平気な砂袋ぐらいにしか思っていない王子と、一生側で過ごすと思っただけで嫌になる。
今は一人で生きて行くことを想像するだけで、楽しい。
「逃げたいけど……行くあてがないわ。だけど自由にはなりたい」
ほんのわずかな間だけど、私は平民としての生活もしていた。
だから平民になって暮らすこともできると思うのだ。
小さい頃はそこまで頭が回らなかったけど、装身具やらを売って小さな一軒家でも手に入れれば、そう悪い生活をしなくてもいいはず。
想像をするのが唯一の娯楽になっていた私は、休憩がてら物思いに沈んでいたら……急に周囲に草が伸びてきて囲まれた。
「え、え、え……?」
なにこれなにこれ!
驚き、あわててその場から逃げる。
幸いなことに、無様な姿は誰にも見られていなかったので、なんとか人気のない庭の端まで来ることができた。
私は脱力して花壇の端にしゃがみこんだ。
「なんなのあれ? 魔法?」
誰かが私への嫌がらせに魔術師まで使ってきたの?
「まさか、悪女だって話だけでそこまではしないわよね?」
私は疑いながら、こっそり家に戻った。
その後数日、また同じことが怒らないかとおびえていた。けど、草が生えることはない。
ほっとして、元の生活に戻ったのだけど。
「ひぃっ!」
自宅の庭で、好みの薔薇がようやく咲いたことを喜んでいたら、急に周囲の雑草がにょきにょきと伸び出した。
あっという間に薔薇が埋まり、手入れをしない荒れた庭みたいになった状況を目にして、私は慌てて逃げる。
さも私は何も知りません、というふりをして部屋に入ったところで座り込んだ。
驚きのあまり、まだ心臓がばくばくと脈動している。
「な、なんなのあれ……」
側には誰もいなかった。
邸宅の中に誰かが入り込むはずもない。
「ということは……原因は私? なんで?」
もし私が原因なら、何らかの魔法が使えるようになった、ということになる。
たしかに魔法は急に使えるようになるらしいけど、子供の頃なら、という話だ。
大人になってから魔法が使えるようになる人はほとんどいないらしい。
それでも現象だけ見ると、私が魔法を使っている状態としか思えない。
けれど、どうして草だけが伸びるの?
「え、やだ。まさか雑草だけ生える魔法!?」
うそだうそだと思った。
が、油断した頃にもう一度王宮の端で雑草が生える事件を起こして私は必死の思いで逃げ……三日ほど寝込んだ。
「なんで草……。薔薇とか花を咲かせられるならいいのに、雑草しか生やせない魔法を使えるようになるなんて……笑い者にされてしまうわ」
花壇の側にいても、生えるのはイネ科の草。
こんな魔法聞いたことないんだけど?
いつ魔法が発動するかわからなくて、私は部屋に引きこもりたかった。
でも貴族令嬢で、望まないにしても王子の婚約者になったからには、出なければならないパーティーというものがあるのだ。
それは王宮のパーティー。
王子の同伴者として、一応いなければならない。
三日後、私は予定通りパーティーに出席した。
いつ草が伸びて来るかわからないので、おそるおそる。
そのせいで少し歩き方がおかしかったかもしれない。
どこからか「怪我でもなさったのかしら?」なんて言葉が聞こえてくる。
でも今の私は、草さえ生えなければそれでいいのだ。
ようやく王宮の中に入るとほっとする。
大理石の白い床の上なら、にょっきり草が生えてくることはあるまい。
私はいつも通りに背筋を伸ばし、今回のパーティー会場になっている回廊へ向かった。
今日はたしか、秋風を祝う会だったか。
この国の王や王妃は、ことあるごとにパーティーをしたがる。
そのほとんどが、他国から来た貴族などにこの国の富を見せつけつつ、歓待するものではあるけれど。
一方でそんな大義名分があるので、王子の婚約者ということになっている私は、出席せざるをえなくなっている。
「でも出席する必要があったのかしら?」
広間の端で飲み物が入ったグラスを傾けつつ、私はためいきをついた。
なにせ同伴者となる婚約者がいなければならないからと、わざわざ来たのに、当の王子は着飾らせたメイドと一緒に会場に入ったのだ。
今も王子はメイドを側に置き、ダンスもメイドと踊っっている。
私、いなくてもいいのでは?
そう思うけれど、王子の思惑はわかっている。
私に見せつけて嫌がらせをしたいのだ。
面倒なことこの上ないが、同伴しなくていいのならさっさと会場を出てもいいだろう。
ちょうどよく王子が、メイドと共に会場を出た。
見ていないうちに私も帰ってしまおう。
そう思って、少し時間をおいて広間から出た。
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