第31話 新たな魔装鎧
「よし、確かに納入したぜ」
「ああ。確認した」
「でもこれだけの量ミスリル、なんに使うんだ? 鎧ならちょうど一着分ってところだが」
「まあそれは色々とね」
今も冒険者登録をしていないルカは、言葉をはぐらかした。
行商人もそこは慣れたもの、好奇心はあっても深くは追及してこない。
「ちなみに、アレの話も耳にしていない」
「……そっか」
どんな病も、たちどころに回復する妙薬。
その原料となる竜胆石を持つ魔物は、世界のどこかで数年に一度くらいの割合で発生する希少な個体だ。
「情報は入り次第すぐに持ってくる。それじゃまたご入用の際は」
「ああ、よろしく」
去って行く行商人。
ルカは大きく一度伸びをして、「よし!」と気合を入れる。
炉にはすでに、煌々と輝く炎。
準備は、万端だ。
「……やるか」
ルカは【魔装鍛冶】のスキルを発動すると、使い慣れた槌を手に取った。
◆
「できた……」
ルカの前には、各部位ごとに並べた白銀の全身鎧。
その外見は、ミスリル独自の白味によって優美さを感じさせるものとなっているが、その分やや武骨なダマスカスの腕がいいアクセントになっている。
これまでとは違い、若干の装飾を施したことで生まれた【特別】な雰囲気。
それでいて華美にならないようバランスを選んだ。
着用時の動きやすさやスキルはもちろん、見た目にまでこだわって作製したこだわりの一品だ。
「こんなの、何時間でも眺めてられるな……」
美しさもあり、力強さもある。
そこが宮廷で使われる儀式鎧との違いだろう。
自分で作成した物にも関わらず、思わず見とれてしまう。
そんな新鎧の搭載スキルとレベルは、以下のようになっている。
全身(ミスリル) :【耐衝撃2】【耐魔法3】【パワーレイズ2】【滑走跳躍2】【耐火耐熱】【抗瘴気】
両腕(ダマスカス):【耐衝撃3】【耐魔法2】【パワーレイズ3】【魔力開放1】【耐火耐熱】
明確な強化といえるのは、まず何と言っても【耐魔法】
鉄の時は【1】だったレベルが【2】と【3】の混合になっている。
また【滑走跳躍】が【2】になっているのも、目立つ変化と言えるだろう。
そして、各パーツが担当しているスキルが以下だ。
頭部:【魔力開放】
胸部:【耐衝撃】
腹部:【耐魔法】
右腕:【パワーレイズ】(ダマスカス)
左腕:【耐火耐熱】(ダマスカス)
脚部:【抗瘴気】
足部:【滑走跳躍】
「スキル関連はちょっと詰め込んでる感があるな……」
思わず苦笑い。
【――――魔装鍛冶LEVELⅪ.抗瘴気】
新たに得たスキル【抗瘴気】なんかは、現状使う場所が分からない。
ただ、魔装鎧はあくまで防具。
どこかで【抗瘴気】が身を守ってくれる可能性を考慮して、組み込むことにした。
そして、慣れてきた戦闘中のガントレット交換。
今回は左腕用に一つ、ミスリルのガントレットも作成しておいた。
「やっぱ【魔力開放2】は……捨てがたいもんなぁ」
【魔力開放】を頭部パーツに載せたことで、ダマスカスのガントレットでも魔力の開放攻撃は常時使用可能だ。
ただ、いざという時に出力を上げた魔力開放が使えるというのは心強い。
【スキル全体化】の条件は二つ。どちらかを満たせばいい。
素材が混合している場合は『一つの鎧として同時作製』すること。
今回はダマスカスのガントレットを最初から『一つの鎧として同時作製』したため、【全体化】がうまくいっている。
もう一つは『同素材』であること。
後作のミスリルガントレットは、『同素材』による【全体化】で防御性能が載る形だ。
これによって青銅の時とは違い、魔力砲として使っても【耐衝撃】と【耐魔法】が載ってくれる。
高威力の【魔力開放】を放ちつつも、防御は安定するって計算だ。
注意するのは【耐火耐熱】だけでいい。
「できるなら、左腕のミスリルガントレットには【魔力開放】を載せておきたかったけどなぁ」
現状、ミスリルガントレットはスキル未搭載。
これまでガントレットを【単体で装着】することはなかったとはいえ、いざという時のことを考えて【魔力開放】を載せておきたったが仕方ない。
基本的には全身着用で戦っているわけだし、今はこれがベストだろう。
ちなみに頭部に【魔力開放】を載せても、頭から魔力を放出することはできない。
これもまた【魔装鍛冶】システムの妙と言える部分だ。
「……よし、それじゃさっそく装備してみるか」
鎧はその重さと金属という素材ゆえに、中にノースリーブの肌着一枚とはいかない。
【耐衝撃】があるからそこまで気を使わなくて良かったとはいえ、動けば擦れる。
これまでは『鎧下』として少し厚手の上着を着ていたが、今回はもう少し厚いキルティングのものを用意した。
ルカは新たな鎧にそっと触れて、息を吐く。
「インベントリ――――ミスリルプレート」
スキルの発動と同時に、全身が新装備に包まれる。
文句なし、ピッタリだ。
「……すごい」
手を握ったり、小さく跳んだりしてその感覚を確かめる。
「おいおいおい、これ……すごいぞ!」
ほとんど確信と言っていいレベルで、全体的な強化をハッキリと感じる。
「こいつは間違いなくすごいことになる! 早く、早くこいつを着て戦ってみたいっ!」
新たな領域へと踏み出したルカは、歓喜に思わず鍛冶場を飛び出した。
「……おっと、これはさすがに」
うっかり全身鎧のままギルド前を通り掛かろうとしているのに気付いて、慌ててインベントリに収納。
浮かれてる自分に苦笑いしながら、あらためて酒場の出入り口前を通りかかったところで――。
「お、今帰りか?」
その目に入ったのは、トリーシャだった。
「……トリーシャ?」
返事がない。
うつむいたままのトリーシャ。その顔は真っ青だった。
「お、おい! どうしたんだよトリーシャ!?」
ルカの言葉に、トリーシャは力なく座り込む。
見ればその肩は、ガタガタと震えていた。
「お母さんが……お母さんが……っ」
「おばさんがどうしたって!?」
「もう……もたないって」
容体の急変。
ギルド仕事が始まる前、トリーシャは不調が続く母の検診を依頼した。
そして先ほどその結果を伝えに来た医者が告げた言葉は、『死別の覚悟』を促すものだった。
「どうしよう……どうしようルカ」
取り乱すトリーシャは、震える手でルカのズボンをつかむ。
向けられる、怯えるような視線。
「ねえ、わたし……どうしたらいいの……っ!?」
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