第18話 意外な一幕Ⅱ

 予想外の言葉と、他者を寄せ付けない普段の雰囲気との差に思わず足を止めてしまう。


「どうして私は、いつも余計なことを言ってしまうのかな……」


 悔恨を感じさせる、しゅんとした表情でユーリがつぶやく。

 意味が、分からない。

 一体彼女はこんなところで何に対して謝っているんだ?

 首を傾げざるを得ないルカ。しかし。


「本当は君が、声をかけてくれるのがうれしいんだ…………」


 ……俺か!?

 これまでのことを振り返ってみる。

 この子はいつも一人でギルド酒場にやって来るし、何度となく声をかけた記憶もある。

 でも、いつだって素っ気ない感じだったはずだ。

 まさに、意外過ぎる告白。


「ダンジョン攻略が落ち着いたら……その時は、素直になれるようがんばるから」


 そう言って、かすかに笑みを浮かべるユーリ。

 ここまで来て、ようやくルカは思い至る。



 ……これ、俺が聞いちゃいけないやつだ!



 そして、聞かれちゃいけないやつを聞かれてしまったということを知られるのは、もっとマズい。

 まさかの事態に慌てふためき出すルカは、音を立てないよう気を使いながら物陰に隠れる。

 こ、ここはこのまま隠れてやり過ごすんだ!

 覚悟を決めるルカ。

 しかしここで、最悪の事態が襲い掛かる。

 ……ヤバい。めちゃくちゃくしゃみ出そう……!

 い、いやいやいや、ここで音を出したら終わりだぞ!

 俺が知らなかったフリをするだけで全てが丸く収まるのに、こいつをぶちかましたら何もかもがぶち壊しになる!

 ルカは必死にくしゃみを抑え込もうとする。

 ダメだぞ! 今だけはなんとしても耐えるんだ!

 発射のために空気を取り込もうとする口を強引に閉じ、呼吸を止める。

 …………行ける。

 くしゃみが引っ込んでいく感覚。

 それは、生理現象に対する勝利の前奏曲。

 やった! 勝った! これでこの件はなかったことにでき――。


「はーっくしょい!」


 鳴り響く、無情の一撃。

 ルカは、おそるおそる顔を上げていく。そして。

 この世の終わりみたいな顔をしたユーリと、目が合った。

 生まれる、静寂の時間。


「い、いやあー、槌を忘れててさ。あ、そうそうそれ……それじゃまた!」


 ユーリから槌を受け取って、ルカはそそくさと鍛冶場を後に――。


「……待って」


 ギク!


「お、おおお俺は何も聞いてないっ!」

「何も聞いてないって言葉は、何か音や声がしていたのを知っていなければ口にしない」

「しまったああああ!!」


 羞恥に顔を真っ赤にしたユーリは、ブルブル震えながら腰もとに下げた剣に手を伸ばす。


「……もう」

「……もう?」

「死ぬしかない」

「…………どっちが!?」


 まさかの事態に、とんでもないボケを炸裂させるルカ。


「いやいや待ってよ! そもそも俺は君に謝られるような思いはしてないから! だからセーフ! セーフ!」

「…………え?」


 しかし、続くその言葉がユーリを止めた。


「だって無理な依頼を急に持ち込んで来たりもしないし、基本メンテナンスは自分でやってるみたいだし、何かあった時はちゃんと見せてくれるし、修理にも応じてくれてるじゃないか!」


 それは、防具を扱っているルカとしては非常に助かることだ。

 冒険者に多い『無理なんか押し付けて当然』という態度はなく、ルカ自身を傷つけるような言葉を吐いたこともない。

 この少女は一見感じが悪いように見えるが、思い返してみれば行動自体は素直な方だ。

 文句を言われるのが日常のルカの目線では、むしろ優秀な冒険者に属している。

 確かに少し変わったところがあるのは……間違いないが。


「それなら……良かったけど」


 恨まれたりしていないことは良かった。でも、本心を聞かれたことは良くない。

 そんな状況に、感情の落ち着け先を見失ったユーリは……。


「と、とにかく、そういうことだから」


 よく分からないまとめ方をして、逃げるように走り出す。


「ていうか、何か用があったんじゃないのか……?」


 ユーリはびくりと足を止め、もう一度その顔を赤くする。

 そもそもここに来た目的を、完全に忘れていたようだ。


「こ、この傷を見てほしかったんだ。あ、後は頼んだっ」


 そう言って傷の入った胸当てをルカに渡すと、今度こそ鍛冶場から逃げ出して行くのだった。

 この夜ユーリが、ベッドの上で何度も『思い出し悶え』をしたことは言うまでもない。

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