ルカは【鎧】の英雄へ~不遇鍛冶師が、急成長で世界を駆けあがる~
りんた
第1話 ルカ・メイルズは雑用鍛冶師
――戦いの世界で伝説となるのは、いつだって【剣】だ。
――英雄の物語には必ずと言っていいほど、その相棒となる最強の剣が存在する。
――では、世界を救った鎧は?
――決まってる。そんなもの存在しない。
「俺の鎧はもう直ってんだろうな?」
「はいこれ、ベルトも修理しといたから」
一人の冒険者が、新品のようになった金属鎧を奪い取る様にしてギルドを後にする。
向かうはここ、アーデント大陸の一角。
ウインディア王国のダンジョンだ。
地面に突き刺さったまま風化した、見上げるほど巨大な槍斧のオブジェがその目印。
【魔獣の体内】と呼ばれ常に魔物を生み出し続けているこのダンジョンは、アーデント大陸の中でも屈指の難関と言われている。
「おい鍛冶屋! 今すぐこいつを直せ!」
「今すぐって、結構傷んでるじゃないか」
「いいから早く! もう出る時間なんだよ! 順番なんかいいから早くしろっ!」
そんなダンジョン専用ギルドの職員として、鎧鍛冶を行う白銀の髪の青年。
ルカ・メイルズは、今日も無理を押し付けられていた。
「鎧鍛冶ィ、俺のガントレット持って来て」
「オレの胸当てもなー」
「ええと、ガントレットはこれだな。そこの受け取り帳に名前を――」
「早く直せって! もう出るんだよ! 大した仕事でもねえんだからすぐできんだろ!」
「名前を書いて――って、いない」
「おいおい遅っそいなぁ。オレの胸当て早く持って来いってえ」
「そうそう、窓際のテーブルの脚がゆがんでるから直しとけよ」
それはすでに、鎧鍛冶の仕事ですらない。
「いいからこいつを直せって言ってんだろー! 使えねえなあ!」
次々に押し付けられる無理難題に、それでもルカは全力で対応していく。
ガントレットの冒険者にサインを頼み、すでに直し終えている胸当てを探し出す。
怒る冒険者をなだめつつ、緊急の修理に取り掛かろうとしたところで――。
「……魔剣鍛冶だ」
誰かが不意に声を上げた。
ギルド内の視線が一斉にその男の元に集まる。
「オレ最近調子がいいんです! このままいけば騎士になるのも夢じゃない、ぜひ魔剣を!」
「俺たちのパーティもすごいんですよ! ぜひ名前だけでも覚えていってください!」
そして、冒険者たちが我先にその機嫌取りを始めた。
「ど、どけどけっ!」
「痛っ!」
急な修理を依頼してきた冒険者もルカを押しのけて、大慌てで魔剣鍛冶の元へと走り出す。
「緊急だったんじゃないのかよ……」
突き倒され、ため息をつくルカ。
伝説を生むのが一本の魔剣なら、その魔剣を生む魔剣鍛冶はもちろん特別だ。
どこへ行ってもチヤホヤされるのが当たり前。
ギルドや王宮では、彼らを囲ってまで優遇している。
それも当然。魔剣は炎を放ち、敵を凍らせ、剣撃を飛ばす。
そう、特別な力を持っている。
「鎧鍛冶と違って、魔剣鍛冶さまは特別だからな」
そんな慌ただしい光景をしり目に、ふらりとやってきたギルドマスターが言い放った。
「はいはい。よーく分かってます」
対して鎧は、特殊な力を乗せて作成することができない。
英雄として名をはせるのに魔剣は必需品。だが、鎧はそうでもない。
だから鎧鍛冶は、ルカは雑に扱われる。
まして本人は戦わないのだから、鎧鍛冶の扱いなんてそんなもの。
冒険者たちも皆、それを当然だと思っている。
どんなに良い鎧を作ろうと、認められたりしないのが当たり前なのだ。
魔剣の製作に必要な素材を回収しに来たらしい魔剣鍛冶と、その機嫌を取りたい冒険者たちが酒場のテーブルに着く。
「ま、俺には関係ない話か――――ちょっと待った!」
そんな魔剣鍛冶たちの集まりには見向きもせず、酒場を出て行こうとする一人の少女。
ルカは慌てて呼び止めた。
結んだ長い金髪、凛々しさをたたえた翠の瞳。
年齢はルカの二つ三つほど下か。
細身の剣を腰に提げた剣士の少女が、足を止める。
「その小手、ベルトが取れそうになってる」
少女が左手に付けた小手は、二つのベルトで前腕に装着するものだ。
その一つ目のベルトが取れかかっていた。
「今直しちゃうから。ほら、貸して」
ルカが手を伸ばすと、少女は冷淡な視線と共にため息をついた。
「キミはずいぶんと心配性だね」
「戦いになれば何があるか分からないからな。取れた小手が気になって……なんてこともあるだろ」
「このくらいのことで負けるくらいなら、そもそも私に資質がないというだけだ。防具は関係ない」
少女は「やれやれ」といった感じで、小手を取り外す。
「急いでもらえるかな? 貴重な時間がムダになるからね」
小手を受け取ったルカは、すぐにベルトを固定する鋲を交換。
再び少女の腕に巻き着けると、しっかり固定できているかを確認する。
「よし、これで大丈夫だ」
「わざわざごくろうさま」
あくまで冷めた態度を崩さない少女。
それでもルカは、少女の装備をもう一度全て目視で確認してから送り出す。
「――――気をつけてな」
「……言われるまでもない」
少女はすげなくそう言い残すと、足早にギルドを後にした。
「さーて。ここからの仕事は……」
少女を見送ったルカは、バックヤードに積んだ防具の数々を見ながら、この後の予定を見積もっていく。
「新規の作成もないし、この量なら何とか夕飯までにさばけそうだな」
夕時に戻って来る冒険者の依頼は、翌々日以降の受け渡しが基本になる。
この量なら、久しぶりにまともな時間に仕事を終えられそうだ。
「本当? よかったね」
そんなルカのところにやって来たのは、明るく長いブラウンの髪をした少女。
はじけるような笑顔を見せる彼女は、ギルドの受付嬢。
そして、幼馴染だ。
「ああ、この感じなら問題なしだ」
そう言うと受付嬢トリーシャ・クルスは、うれしそうに顔をほころばせた。
「もうずーっと忙しそうにしてるもんね」
「まあなぁ」
「そういうことならさ、今夜は久しぶりに夕食を一緒に――」
「おい鍛冶屋、これ明日の朝までな」
乱暴な物言いと共に、突然カウンターに置かれる防具の数々。
その状態を見て、ルカはため息をつく。
「なんでこんなにボロボロになるまで……もっと早く持って来てくれよ」
「仕方ねーだろ。お前と違ってこっちは現場で戦ってんだ。いいから明日の朝までに直しとけよ――――倉庫くん」
「……はいよ」
「受付嬢は今日も可愛いねえ」
「はいはい、どうもありがとう」
トリーシャに軽くあしらわれた男は、防具一式をルカに押し付けると、さっそく魔剣鍛冶のもとへ駆け寄っていく。
「ちょくちょく修理に持って来るようにって、言ってるんだけどなぁ……」
持ち込まれた防具たちは見事なまでにボロボロ。
しかも、上から下までほとんどフルセットだ。
「……無理はしないでね」
心配そうにするトリーシャ。
それでも、ルカは自身の職務を全うする。
「こりゃ……今夜も遅くなりそうだ」
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