去りし者 三
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それから数日後、
よくも今まで保ったものだ。欲深いだけあって、
それがどうなのかは判然としないが、その報が飛び込んできたのは早朝の事だった。
それを召使いに知らされた
什智は死んでも罪人だ。しかも領民からは相当な恨みを買っている。それが領地で死んだとなれば、死んだあと彼は領民から
陸王は
そして翠雅の執務室前へ来ると扉を軽く叩き、否も応も返らぬ間に陸王は扉を開いた。
「什智がとうとうくたばったそうだな」
扉を開けながらの第一声だった。
中にいた翠雅は、深刻な顔をして執務机に向かっているところだった。
「お前は
唐突に現れた陸王を見て、翠雅は呆れたような苦笑を浮かべる。
「合図はしたぞ」
そう返す陸王も陸王で、全く堂々としていた。それこそ不遜な態度で。
そんな陸王に翠雅は言った。
「ここを出ていきたいと言いに来たのだろう?」
「有り体に言えばな」
「そうか」
翠雅は小さく呟いて、頷く。
と、そこで再び扉が開いた。それも勢いをつけて。
今度現れたのは
けれど血相を変えている。
「翠雅、什智が死んだって!?」
室内に飛び込んできた雷韋に翠雅は軽く息をつきつつ、あぁ、と短く肯定する。
「遺体は!?」
「今頃は領地で引き摺り回されているだろう。そのあと吊されて、五体はばらばらに切断される」
「そんなの駄目だ!」
雷韋の叫びに、陸王と翠雅は嘆息をついた。
「日ノ本でも罪人の晒し首はあるぞ。獄門と言って、斬首した者の首を市中に引き回したり、河原にある『獄門の木』と呼ばれる木の枝に串刺しにして晒すって方法もとられる。
「俺の生まれた島じゃそんな事はなかった」
「そうかよ。だがな、雷韋。悪辣な死者を哀れむより、ぎりぎりで生きてきた領民を哀れんでやれ。哀れむ相手を誤るな。これで連中の
「そんな、そんな……」
雷韋の言う声が小さくなっていく。首も徐々に項垂れ、最後にはへたり込んでしまった。
「仕方あるまい。
言い含めるように翠雅が口にする。
「あんたでも、止める事は出来ないのか?」
弱々しい声で雷韋が反応を返すが、翠雅は黙って首を横に振るだけだった。
陸王はへたり込んでしまった雷韋に近付いて、その肩を指先で
「話がしたいんなら、せめて着替えてこい」
呆れたような、仕方ないという諦めのような声音で語りかける。
それでも雷韋は動かなかった。完全に脱力していた。死者を辱める事がどれほど惨い事かと、少年の胸を締め付けるのだろう。
翠雅は執務机の上で両手を軽く組んだまま雷韋を見遣って、致し方ないという風に溜息をついてから陸王へと向き直る。
「それで、ここを発ちたいというのは、結局のところ什智が死んだからか?」
「まぁ、そうだな。あいつが死ぬか、処刑されるまでは俺も枕を高くして眠る事が出来なかったし、あんたにもしやがある事も考えた。だが、もうその心配はない。それに一兵卒に至るまで、ある程度の修練は積ませた。奴らにやる気があるのなら、あんたの護衛は誰にでも務まる筈だ。それだけの事は、この短い期間で出来る限り仕込んだつもりだ」
「そうだな。お前は充分に働いてくれた。よいと思う者を新たな護衛役に
「これでお役御免だな」
「うむ。お前には助けられた。礼を言う」
「受け取る金の分だけ仕事をしただけだ。礼を言われる筋合いはねぇ」
その二人の会話を耳にして、雷韋が陸王を見上げた。
「陸王、出て行くのか?」
「あぁ。俺にはもうここでする事はない」
「どこ行くんだ」
「さてな。もう少し西に行ってみるのも悪かねぇな。お前はこれからどうするつもりだ」
「俺、俺は」
陸王を見上げる琥珀の瞳は、まるで
けれど陸王はそこで嘆息をつくとすぐに視線を逸らして、
「じゃあな」
言うと、翠雅に片手を挙げて執務室から出て行った。
この先、雷韋がどうするかは彼が決める事だ。出会う前だって一人で立派にやって来たのだろうから。
一人の精霊使いとして、盗賊として。
だから陸王には、雷韋の気持ちを左右するつもりは少しもなかった。
陸王自身が何を思おうと、望もうと、それは雷韋には関係のない事だと考えて。
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