去りし者 三

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 それから数日後、什智じゅうちは死亡した。


 よくも今まで保ったものだ。欲深いだけあって、生命いのちにしがみつく性根も貪欲だったのだろうか。


 それがどうなのかは判然としないが、その報が飛び込んできたのは早朝の事だった。


 それを召使いに知らされた陸王りくおうは食事を摂る間も惜しいとでも言うように、翠雅のもとへと向かった。


 什智は死んでも罪人だ。しかも領民からは相当な恨みを買っている。それが領地で死んだとなれば、死んだあと彼は領民から唾棄だきされ、辱められる。それが西の国での慣わしだ。国王もそれを許すだろう。無論、身体もばらばらにされて各地で晒される筈だ。闇の妖精族ダーク・エルフと手を組み、国家転覆を謀った大罪人として。


 陸王は翠雅すいがの執務室へ向かいながら、そんな事を考えていた。だが、憎まれたり恨みを買ったりした罪人の処遇などはそんなものだと思う。特に驚く事ではなかった。


 そして翠雅の執務室前へ来ると扉を軽く叩き、否も応も返らぬ間に陸王は扉を開いた。



「什智がとうとうくたばったそうだな」



 扉を開けながらの第一声だった。

 中にいた翠雅は、深刻な顔をして執務机に向かっているところだった。



「お前は不遜ふそんな奴だな」



 唐突に現れた陸王を見て、翠雅は呆れたような苦笑を浮かべる。



「合図はしたぞ」



 そう返す陸王も陸王で、全く堂々としていた。それこそ不遜な態度で。

 そんな陸王に翠雅は言った。



「ここを出ていきたいと言いに来たのだろう?」

「有り体に言えばな」

「そうか」



 翠雅は小さく呟いて、頷く。


 と、そこで再び扉が開いた。それも勢いをつけて。

 今度現れたのは雷韋らいだった。しかも、寝起きと思われる恰好でだ。見苦しいほどに髪はぼさぼさ、夜着よぎも着たままの状態だった。



 けれど血相を変えている。



「翠雅、什智が死んだって!?」



 室内に飛び込んできた雷韋に翠雅は軽く息をつきつつ、あぁ、と短く肯定する。



「遺体は!?」

「今頃は領地で引き摺り回されているだろう。そのあと吊されて、五体はばらばらに切断される」

「そんなの駄目だ!」



 雷韋の叫びに、陸王と翠雅は嘆息をついた。



「日ノ本でも罪人の晒し首はあるぞ。獄門と言って、斬首した者の首を市中に引き回したり、河原にある『獄門の木』と呼ばれる木の枝に串刺しにして晒すって方法もとられる。みかどがおわす都、簡単に言えば王都だな。そこでも衆人環視しゅうじんかんしの中で罪人は首を斬られて、そのまま首が晒される。それも貴賤きせんを問わずにだ。貴族だろうが、武士もののふだろうが、賊だろうがな。そんなわけで、まぁ、処刑はどの国にとってもそう珍しいもんじゃねぇだろ」

「俺の生まれた島じゃそんな事はなかった」

「そうかよ。だがな、雷韋。悪辣な死者を哀れむより、ぎりぎりで生きてきた領民を哀れんでやれ。哀れむ相手を誤るな。これで連中の溜飲りゅういんも下がるってもんだ」

「そんな、そんな……」



 雷韋の言う声が小さくなっていく。首も徐々に項垂れ、最後にはへたり込んでしまった。



「仕方あるまい。咎人とがびとは死んでも咎人だ」



 言い含めるように翠雅が口にする。



「あんたでも、止める事は出来ないのか?」



 弱々しい声で雷韋が反応を返すが、翠雅は黙って首を横に振るだけだった。

 陸王はへたり込んでしまった雷韋に近付いて、その肩を指先でつつくように叩き、



「話がしたいんなら、せめて着替えてこい」



 呆れたような、仕方ないという諦めのような声音で語りかける。


 それでも雷韋は動かなかった。完全に脱力していた。死者を辱める事がどれほど惨い事かと、少年の胸を締め付けるのだろう。


 翠雅は執務机の上で両手を軽く組んだまま雷韋を見遣って、致し方ないという風に溜息をついてから陸王へと向き直る。



「それで、ここを発ちたいというのは、結局のところ什智が死んだからか?」

「まぁ、そうだな。あいつが死ぬか、処刑されるまでは俺も枕を高くして眠る事が出来なかったし、あんたにもしやがある事も考えた。だが、もうその心配はない。それに一兵卒に至るまで、ある程度の修練は積ませた。奴らにやる気があるのなら、あんたの護衛は誰にでも務まる筈だ。それだけの事は、この短い期間で出来る限り仕込んだつもりだ」

「そうだな。お前は充分に働いてくれた。よいと思う者を新たな護衛役にえよう」

「これでお役御免だな」

「うむ。お前には助けられた。礼を言う」

「受け取る金の分だけ仕事をしただけだ。礼を言われる筋合いはねぇ」



 その二人の会話を耳にして、雷韋が陸王を見上げた。



「陸王、出て行くのか?」

「あぁ。俺にはもうここでする事はない」

「どこ行くんだ」

「さてな。もう少し西に行ってみるのも悪かねぇな。お前はこれからどうするつもりだ」

「俺、俺は」



 陸王を見上げる琥珀の瞳は、まるですがるような色を乗せていた。

 けれど陸王はそこで嘆息をつくとすぐに視線を逸らして、



「じゃあな」



 言うと、翠雅に片手を挙げて執務室から出て行った。


 この先、雷韋がどうするかは彼が決める事だ。出会う前だって一人で立派にやって来たのだろうから。


 一人の精霊使いとして、盗賊として。

 だから陸王には、雷韋の気持ちを左右するつもりは少しもなかった。


 陸王自身が何を思おうと、望もうと、それは雷韋には関係のない事だと考えて。

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