交錯 五
瓦礫が消えたのと同時に、その向こうから衛士達と共に
「おい、フォルス! あの異種族の小僧はどうした!」
闇の妖精族──フォルスは薄く笑んだ。
「逃げられた」
「逃げられただと! 何故だ」
「あれは
「倒れた? あの小僧が逃げ出す時、お前は何をしていた!」
「僕は自分自身を守る為に必死だった。とても他までは手が回らない」
フォルスは雷韋を逃がした事を空惚けて返した。
「あの小僧は火の珠玉を持っていった。火の珠玉はどうした!」
「さぁ。彼が持っているというのなら、持って行ってしまったんじゃないかな」
「なんだと? 貴様、一体何をしていた」
「僕も自分の命が惜しい。もし開眼していたとしたら、人族の絶対の敵である魔族でさえも歯が立たないと言うからね……。神に手出しする事は恐ろしいよ」
「あれはただの異種族だろうが。何が神なものか。神とは
金切り声を上げてそう吐き捨てると、塔から広場へと出た。そして、練兵場に大勢の人間達が倒れ伏しているのを目にした。什智が連れてきた衛士達、魔導士が。
途端、什智は倒れている者達を蹴り付けた。
「ええい、何を寝ている。起きんか! 起きてすぐに異種族の小僧を追え」
蹴り付けられた者達はそれでも簡単には目を醒まさなかった。金切り声を上げられながら、何度も踏んだり蹴られたりして、ようやく目を醒ます有様だ。しかも自分に何が起こったのか分からないという風に、すぐには動き出さない。それを什智が怒鳴りつけて少しずつ衛士達を動かし始めた。
その時の什智の金切り声を聞きつけて、砦内にある邸の窓や兵舎の中からエウローンの兵士や召使いが何事かと顔を覗かせる。
雷韋が無意識のうちに使ったのは風の衝撃波だ。だがそれは、風圧でどうにかしたわけではない。人間族の守護精霊である風に対して発動したのだ。だから近くにいた人間達は倒れた。守護精霊達が突然の力の伝導に混乱した為だ。それも雷韋が火の力を身内に取り込み、それを風の精霊に伝えた事で起こった事だった。火の珠玉があったからこそ出来た技だ。今の雷韋の能力(ちから)だけではそんな事は出来ない。什智達が倒れなかったのは、
正気に戻った衛士達が砦の城門から走り出ていく。雷韋を追う為に。
什智は兵舎にも
「異種族の小僧を追え。飴色の髪の異種族の小僧だ」
**********
その什智の様を砦の楼閣から見ている者があった。
什智に兵を貸し与えたエウローン卿──
その彼の立っている場所にまで什智の癇癪を起こした声が聞こえてきた。他人の兵を私物のように使って、捜せ、捜せと喚き散らしている。グローヴ領主の
まさに見苦しいとしか表現のしようがなかった。
翠雅は背後に控える、長い白銀の髪を一つに結った、
「グローヴ卿はおぞましい闇の妖精族まで手中にして、何をしようというのか。しかも手配書が回ってきたのは深夜だ。盗賊を裁く権はあるが、あそこまで焦っているのは
その言葉に青年は言葉を返した。
「は。わたくしめには分かりかねます。財宝を取り戻す為だとは伺いましたが、グローヴ卿の思惑がどこにあるのかまでは……果たして」
「財宝か……。あの男は懐を肥やす事しか考えておらぬからな。領民も不幸な事だ」
「それだけでは終わらぬでしょう。グローヴ卿は何かを隠しておいでです」
「それはなんだ」
翠雅はちらと背後に目を遣った。青い瞳が青年に向けられる。
それに対して青年は静かに碧の目を伏せると、黙って首を横に振った。それはどこか、溜息の混じりそうな顔だった。
そして本当に溜息をついたのは翠雅だった。青年から視線を元に戻して、
「あの慌てぶりからすると、ただ財宝を盗まれたわけではないのだろうな」
皮肉げな笑みを口元に貼り付ける。
「さて、グローヴ卿は一体何をするつもりなのか……だな」
「卿、それ以上は……。捕らえられた者はどんな理由があろうとも
白銀の髪を持った青年はそう言って、形のよい眉をひそめた。
翠雅はそれを聞きながら、窓の外を眺め遣る。眼下では、兵士達が右往左往して逃げ出した罪人の捜索を始めようと、皆、砦から出て行くところだった。
それを眺める翠雅に、
「卿、滅多な事はお考えになりませんように」
青年は言った。
それを受けて翠雅はどこか楽しげに含み笑いを漏らした。
「城下におりてみたいものだな」
含み笑いを残しながら、ぽつりと言葉を零す。
翠雅の言葉に、青年は更に柳眉を歪めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます