交錯 三

 雷韋らいのその言葉は真実だった。大きな魔導の力は、人間族にとってはわざわいしかもたらさない。精霊力は異種族が持つ方が安全に扱う事が出来るのだ。

 いや、それ以上に雷韋は精霊使いエレメンタラーだ。精霊力の扱いには慣れている。火の力ならば尚更そうだ。


 雷韋の守護精霊なのだから。


 雷韋はもう一歩、歩を進めた。

 その少年の瞳は、あの美しい深い琥珀色から毒々しい黄色へと変貌を遂げ、鈍い光を発していた。

 それは異様な光景として人間達の目には映った。



「俺が怖いか。自由を取り戻した異種族が。そうだろうな。怖いんだろうな」



 そう言ってから、雷韋はくくっと笑ってみせた。



「もう死刑には出来ないぞ。自由を取り戻したんだからな。あんたの計画は、もう終わりだ!」



 その言葉に、什智じゅうちは何も答える事が出来ない。身体はおこりのように震えてまともに動かず、彼の中には『恐怖』の二文字しかなかった。


 身体の自由と魔術を封じる封珠縛ふうじゅばくを破った今、雷韋は自由に魔術が使える。什智に危害を加える事も可能だ。


 牢獄の鉄格子を一瞬に破壊したのを目の当たりにしたのだから、什智も衛士達も恐れを抱いてどんな言葉も出るものではないだろう。



「さぁ、あんたの持ってる火の珠玉を渡して貰おうか」



 その雷韋の額には、うっすらと金色の輝きがあった。それが一体何を示しているのか、その場にいる者達には全く分からなかった。


 それは雷韋自身も同様だ。いや、雷韋にはそれが感じられなかった。己の中の潜在的な異種族としての能力さえ、彼には分かるものではなかったのだ。


 それ以上に、雷韋には自分が何者であるのか、それを知るものでもなかった。己の種族の名を知ってはいるものの、それが一体どういうものかそれをろくに知らなかったのだ。


 だから今、額に光るものを感じる事が出来たとしてもそれの正体は全く分からない。


 だが、人間達は違った。少年の能力の高さに怯えたのだ。雷韋の一言、



『火よ!』



 その言葉が恐ろしい呪文のように届いた。たった一言そう命じただけで、松明の炎が鉄格子を一瞬にして溶かしてしまったのだから。

 見かけはただの子供だというのに、とてつもない力を有している。



「あんたの持ってる火の珠をさっさと寄越しな」



 雷韋はゆっくりと、命じるように什智にそう言った。



「私は持ってはいない。今ここには……」



 そう言って什智は胸元をぎゅっと握った。


 雷韋はそれを見て、そこか、と思う。思ったのと同時に雷韋は什智に飛びかかっていた。


 什智は軽量の雷韋の身体さえ支えきれずに、どさっと押し倒される。


 あまりにも突然の事に衛士達も驚き、雷韋を攻撃することが出来なかった。それどころか什智に掴み掛かり、押し倒した雷韋の周りに拳大の炎の玉が幾つも浮かび上がったのだ。これでは衛士達も什智を助けるにも、どうやって助けていいのか分からない。



「お、お前達、私を助けろ!」

「このくそ野郎。珠玉を渡せ!」



 什智と雷韋がそう声を上げながら揉み合っているが、衛士達は雷韋の周りに浮かび上がった炎の玉にどうする事も出来ず、そうして手を出しあぐねているうちに、雷韋は什智の上着の胸元から珠玉を取り上げた。取り上げて、ばっと什智から離れる。離れて、衛士達も什智も放って、雷韋は地下牢獄から逃げ出した。


 螺旋状になっている階段を駆け上がり、外の光が忍び込んでくる扉へと辿り着く。


 しかし目の前の扉を開けた瞬間、雷韋は身体が硬直するような感覚に陥った。


 幽閉塔の前に広がる練兵場れんぺいじょうには、大勢の衛士と数人の灰色の外套がいとうを纏った魔導士がずらりと待ち構えていたのだ。そして背後からは什智が連れていた衛士達が階段を上がってくる足音。


 前後を挟まれ、まさに窮地だった。


 雷韋は後顧こうこの憂いを断つ為に、まず幽閉塔の天井を火の爆発で崩した。どん、と音が鳴ったと同時に天井が崩れて螺旋階段を塞ぐ。


 それから前方に目を移したと思った瞬間、身体がねじ切られるような痛みに襲われた。


 魔導士の放った魔導の力だ。灰色の外套を纏った数人の魔導士の手から、身体から、雷韋の身体に向けて魔力が放たれているのが目に入る。だがその光景は、今この場にいる中では雷韋や魔道士達にしか見えないだろう。魔導の力は魔術を使う者にしか見えないのだ。


 そして複数人によって同一の魔術を掛けられている為か、抵抗が出来ない。

 だが、彼らは指一本動かさずに魔術を使った。


 言霊封ことだまふうじだ。


 そうして身動きもままならない雷韋の目に、異質な人物が飛び込んできた。

 褐色の肌に尖った耳。灰色の瞳に灰色の髪。美しい容貌の男。


 闇の妖精族ダーク・エルフだった。妖精族の中でも己の欲望によくも悪くも忠実な種族。よって、他の妖精族からも忌避される存在だ。


 そして、今の雷韋の魔力では決して抗する事の出来ない存在でもあった。


 けれど、雷韋の手には火の珠玉がある。この珠玉に宿っている精霊の力を使えばなんとか突破出来るのではないかと、左手に握った珠玉を握り締める。途端、雷韋の周りを囲む炎の玉が勢いを増した。


 しかし次の瞬間、それは闇の妖精族の中に吸い込まれていった。


 え? と思う。それと同時に腹の中で、くそ、と唸った。


 精霊は契約を交わしていても、より能力の高い者の支配下に入ってしまうのだ。つまり、闇の妖精族の方が雷韋よりも魔力が上だという事だ。それは初めから分かっていたが、こんな形で精霊が離れていってしまうとは思わなかった。


 今の雷韋は裸も同然だった。どんな魔術を行使しようとも、全て闇の妖精族によって阻まれてしまうだろうからだ。

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